昨日トルコでの約6日間の滞在が終わりました。今回のトルコの港町ボドルムでの滞在はいつものような仕事ではなく、来年度からのプロジェクトのミーティングと予算をもらうための書類用の参考図を作成するためでした。
という感じで色々理由をつけていますが、1番の目的は単にボドルムに行ってみたかったから。大学院時代に多くの友人が夏のシーズンをボドルムの水中考古学研究所(INA:アイナ)で過ごしていました。しかし私は結局今回まで行く機会がありませんでした。たまたま仕事の合間に少しまとまった時間が出来たので、友人のマイケルの研究を理由に訪ねに行きました。
短い滞在でしたが、予定通りの仕事をこなし、話し合いも順調に進み、ボドルムの町も堪能することができました。
そして何よりの嬉しい誤算だったのが船舶考古学創世記の偉大な学者の1人、フレドリック・ヴァン・ドーニック博士が研究のためにアイナを訪れていたことでした。(写真奥)
フレッド博士は元々は「水中考古学の父」と呼ばれるジョージ・バス博士、船舶考古学を学問として確立させた私が最も尊敬する先生であるリチャード・ステッフィー博士と共に3人でテキサス農工大学の船舶考古学プログラムにおける初代教授陣を務めた伝説の水中考古学者です。教授職を引退した今でも積極的に研究を行っています。フレッド博士とは何度かテキサスのキャンパスなどで顔を合わせていたのですが、直接お酒を飲みながらお話をさせて頂くのは初めてでした。
フレッド博士が水中考古学を始めた1960年代に、彼が共同指揮を取っていた水中発掘のレポートなどを読むとあり得ないほどの大量のデータが4〜5年のシーズンから集められていており、しかもそのデータの質は考えられないぐらい素晴らしいもの。彼の代表的な研究の一つのヤシ・アダ沈没船水中遺跡の発掘調査では木材が殆ど残っていなかったにもかかわらず、積荷の発見位置と重量、そして木材どうしを留めていた釘の発見位置から7世紀のビザンティン帝国の船を復元しました。(フレッド博士とバス博士が共同指揮をとったヤシ・アダ沈没船の考古学についてはこちらをご覧下さい。)
私も数多くの沈没船調査に参加して、現在では重要な記録作業を指揮させてもらえるようになったのですが、現在私たちが使っているのはフレッド博士が現役だった時期には存在しなかった最新技術。しかしながら60年代の水中発掘調査からはあり得ないほどのデータが手作業ながら短期間で集められていました。そのことが私には常に疑問でした。「一体どうやって!?」
バス博士はどちらかというと発掘全体の指揮を、ステッフィー博士は発掘後の沈没船の復元再構築と研究を行なっていました。実際に数多く現場で潜り、収集したデータから水中遺跡の実測図を作成していたのがフレッド博士なのです。そんな偉大な学者と何時間も話せる幸せな機会。せっかくなので色々なことを質問してアドバイスをもらうことができました。結局様々な逸話などを聞かせていただきながら5時間ほど楽しい時間を過ごしました。
発掘調査の秘訣などは書き出したらきりが無いので遠慮させてもらいますが、話を聞かせてもらって確かだったのは、彼ら創世記の水中考古学者たちが全てを投げ捨てて夢に向かい走り続けたおかげで現在私達が立っている土台が作り上げられたということでした。特に初代教授陣の3人はテキサス農工大から70年代に招待されるまでの10年以上、アメリカでの約束された地位と仕事を投げ捨てて、家族とともにトルコに渡り研究を行っていました。家族がいながら、その家族とアメリカを離れ当時のトルコに渡り貧乏生活をしながら研究に没頭する生活など正気の沙汰じゃありません。しかしながらフレッド博士曰く、当時は自分たちの信念と好きなことを信じて走り続けたということ。ただ自分たちはたまたま運に恵まれていたので今のような実績と成果を残すことが出来たと言っていました。
この学問の創世記に世界の水中考古学を牽引できたアイナ(水中考古学研究所)と現在世界で水中考古学を教えている多くの教授たちの母校となったテキサス農工大の船舶考古学プログラムは間違いなくジョージ・バス博士、リチャード・ステッフィー博士、そしてフレドリック・ヴァン・ドーニック博士の途方もなかった夢の集大成と遺産なのです。
私が特に感銘を受けたのは、フレッド博士曰く当時も沢山の困難、思惑、争いがあり決して簡単な状況ではなかった。それでも今日彼らが作り上げ残っているものの全ては、情熱や友情そして信念などの前向きな「正」のエネルギーの遺産だといわれたこと。
もちろん現在の考古学でもふと目を凝らすと様々な場所で学者同士の争いや妬みなども存在していることも事実なのです。フレッド博士のこの言葉は私が信じてきたものを後押ししてくれるようなものでした。この博士との数時間は学者としての私にとってとてつもなく重要なものになると思います。今回トルコに来られて本当に良かったです。