水中考古学者とプロダイバーの関係。

パグでの沈没船調査が終わりました。この沈没船はいつもクロアチアで私たち水中考古学者のサポートをしてくれている、プロダイバーでダイビングセンターを経営しているべドランが彼のダイビングセンターの近くで偶然発見した沈没船です。

今回はこれからの水中考古学とダイバーの関係性について少し紹介していこうと思います。

まず水中考古学の1番の難しさは水中遺跡をどのように保護していくかという問題です。水中遺跡は水中という特殊な環境にあるため、発見された遺跡をどのように保護管理していくかが最重要課題になってきます。日本ではまだそれほど問題にはなっていませんが、海外では水中遺跡の盗掘破壊問題が大きな問題になっており、水中遺跡をどのようにモニタリングしていくかが課題になっています。しかしながら水中カメラやセンサーなどを用いた監視システムには多額に費用が必要で現実的ではありません。1番現実的な解決策は地元のダイビングセンターと協力して、水中遺跡を水中博物館とし、ダイバーが観光客を頻繁に連れていくことにより、遺跡のモニターを同時に行えるというものです。

これまでの水中考古学者とダイビングセンターを経営している地元のプロダイバーとの関係はそこまで密接なものではありませんでした。それは主に考古学者側のアプローチに問題があったと考えられます。これまでの遺跡の盗掘活動に地元ダイバーが関連していたり、ダイバーが考古学者を名乗って不確かなトンデモ考古学の情報を流したりしてきたのも事実です。しかしそれは考古学者による水中発掘研究に地元ダイバーがあまり参加してこなかったのが原因です。つまり沈没船が地元ダイバーの仕事場内で見つかったにもかかわらず、考古学者が調査を始めると地元ダイバー達の水中遺跡へのアクセスは制限されてしまうため、ダイバーにとっては考古学者が水中遺跡に関わるということは彼らにとっては都合の悪いものでした。そのためダイバーは考古学者に、考古学者はダイバーにあまり良い印象を持ってきませんでした。

しかしながら徐々にですが確実にこの風潮は変わりつつあります。10年ほど前から考古学者が積極的に地元のプロダイバーを発掘作業の責任者として雇い、発掘の仕方(方法論)を共有するようになりました。そのためダイバーと考古学者はチームメイトとなり、一緒に作業生活することによりお互いの価値観を共有するようになったのです。考古学者もダイビングセンターを経営するプロダイバーへ惜しみなく研究内容を渡し、さらに水中遺跡の3Dモデルなどを共有することにより、彼らが彼らのお客に宣伝として見せることのできる情報を提供します。さらにダイバーが考古学チームの一員として発掘作業に参加していたことによって、彼ら自身の発掘体験を彼らのお客を伝えることができます。このようにしてトンデモ考古学や作り話ではない貴重な歴史の物語をプロダイバーという語り部を通してより多くの人に知ってもらえるようになります。

考古学者側としても海での経験豊富なプロダイバーが発掘作業やその他の準備を手伝ってくれることによって作業の効率化がはかれます。正直なところ考古学者は学者です。いくらダイビングに慣れているといっても、水中の立ち回りでは毎日何時間も潜っているプロのダイバー達には敵いません。プロのダイバー達が積極的に正しい発掘方法を学び、水中発掘作業やその他の準備を手伝ってくれることはとても重要な戦力になるのです。

考古学者がプロダイバーを無知な荒くれ者と見るのではなく、そしてプロダイバーが考古学者を頭でっかちの不器用な外部からの厄介者として見るのではなく、お互いに歩み寄ることによって水中遺跡を共通の遺産として保護管理するようになります。考古学者は水中遺跡を歴史の謎を紐解くための情報として、そしてダイバーは地元の貴重な観光資源として水中遺跡を守ることができるのです。

クロアチアの水中考古学のイレーナ教授とプロダイバーでダイビングセンターを経営しているべドランはその最も良い例の一つと言えます。イレーナ教授の生徒で水中考古学を学びたい若い考古学の生徒はべドランのダイビングセンターでアルバイトをしながらダイビングを学びます。生徒達はインストラクターの資格をとるに至るまで何百と潜り、熟練したダイバーへと育っていき、その後にイレーナ教授の発掘に参加しながら水中考古学を学んでいきます。観光業の盛んなクロアチアでダイビングの技術は一生使える貴重な技能で、さらにダイビングセンターでのアルバイトは他のアルバイトよりも時給が良いので、大学側、ダイビングセンター側、そして生徒側にも良いシステムが出来上がっているのです。

そして発掘研究後は考古学者ではなく地元のダイバーが中心となって水中遺跡の保護管理を行っていき、考古学者はその教育普及活動を支援していきます。このように人類の共通の遺産である水中遺跡を守り次の世代に伝えていくには考古学者とプロのダイバー達の良好な関係が必要不可欠なのです。もしどちらかが欠けてもこの重要な役を果たしていくことができないと断言できるのです。

先にも述べたように、徐々に考古学者とプロダイバー達が協力して行っている研究事例は成功例として知られるようになり、水中考古学の新しい流れとなってきています。しかしながら国や地域によってはまだまだ考古学者と地元ダイビングセンターとで良好な関係が築けていないのも事実です。しかしながらダイバーと考古学者の良好な関係こそが水中遺跡の保護と教育普及活動の最重要課題であることは断言できるの事実なのです。そのためにはまず最初に考古学者達が地元ダイバー達が求めているものを理解して情報を提供し、積極的に歩み寄っていくのが1番の近道と言えます。

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