
昨日2週間ちょっとぶりに米子に帰って来ました。茶太郎ちゃんと久しぶりの再会です。

今回の2週間の出張はとても得るものが大きかったです。
まず最初に感じたのは、確実に次に世代が育っているということです。これまで私の下の世代はなかなか水中考古学研究を本格的に志す者がいませんでした。
水中考古学で博士号を取得した研究者でいえば、九州国立博物館の佐々木さんが40代半ば、東海大学の木村さんが40歳ぐらい、そして私が(もうすぐ)36歳で、その下はなかなかいませんでした。(水中考古学の第三世代と名付けておきましょう。第一世代は70歳以上の先生方、第二世代は60歳前後の方々、第三世代はその下っ端です。いや佐々木さんと木村さんは私とは違い優秀な研究者。下っ端は私だけです。)
しかし最近25歳周辺に私が知っているだけでも10名ぐらいの若者たちが水中考古学の研究をしようと国内と国外の大学院や大学で頑張っています。第四世代です(本当に私が勝手に名付けています)。今回も2週間で5名ほどの生徒さんたちと話す機会がありました。皆さんものすごい本気。凄く嬉しい。
おそらく私の役目は、彼らが将来活躍できるような土台作り。そして世界で研究をしていこうとした思ったときに思いっきり遠くまで飛び立たせれるようなカタパルトとなること。私は研究者として若い世代の養分になるために存在しているのだと確信しました。大樹を支える養分となるには私自身も研究者としていっそう頑張らないといけません。がむしゃらに頑張ります。

そして、確実に国内でも水中考古学への関心が高まっています。
実は日本は(陸上の)考古学大国。日本の埋蔵文化遺産(いわゆる遺跡や史跡)の数はコンビニの数よりも多く、考古学者の数も世界有数なのです(世界一なのではないでしょうか)。そして日本の研究者は優秀です。私と比べ物にならないほど立派です。
何度も書いていますが「水中考古学」というのは研究対象がたまたま水中にあるだけで、その実質は陸上の「考古学」と何ら変わりはありません。ただ、その「水中」発掘と記録作業に必要な機材が少しばかり違うだけなのです。これはその気になれば数週間で学べます。
私は「造船史研究者」なので沈没船の研究は出来ますが、「古墳」や「貝塚」の水中遺跡が発見されたら、その発掘記録作業のお手伝いは出来ますが、研究は「お手上げ」なのです。つまり水中遺跡の「研究」はその分野の専門の研究者が行わなくてはいけません。
幸いに日本にはしっかりとした研究できる研究者、つまり一流の考古学者が山ほどいます。しかし国と規模としての水中考古学は全然進んでいません。ただ日本の考古学者に数日間のダイビング講習と、数週間の水中での方法論を学んでいただければ、日本は数年で確実に世界一の水中考古学大国になります。その可能性をひしひしと感じた2週間でした。

実はこんなことを書くのも心苦しいですが、文化庁主催の勉強会を聴講させていただきました。有識者委員会が組織されてから5年以上。文化庁の担当者からの報告の内容は「水中考古学の手引き」(指針書)の目次の発表(報告)でした。まじですか?それはやろうと思えば1年目の終わりには決められて発表できることなのでは?
もちろん文化庁(中央)主体でいろいろやるのは制度やしがらみがあり大変なのはわかっています。進んでいる方向も正しいと思います。それでも進む速度が少し遅すぎなのでは?それでも中央としていろいろと解決しないといけないシステムが存在しているのは理解できます。それで進みが遅いというならば、それが中央の限界ということなのですか?
私としてはもっと現場で働く民間の発掘会社や、地方の埋蔵文化財課に興味を持っていただき、積極的に工事や開発を行う会社へ、「事業」として水中文化遺産調査の宣伝を行ってもらえればいろいろなことを一気に解決できると考えています。(民間や埋文課の皆さん。水中での方法論はみなさんが思っているよりはるかに簡単なんです。陸上のものとほぼ一緒です。そこに毛が生えたようなものなのです。)
そして大学の水中考古学にかかわる教育についてですが。よく言われるのが「水中考古学を勉強しても就職先がない。だから水中考古学を大学で教えることは難しい。」とのこと。
これも少し意味が分かりません。大学の史学科で歴史を勉強した大学生の何パーセントが歴史家や考古学者になるというのでしょう?1~3%いればよいと思います。英文科の生徒の何パーセントが翻訳家になりますか?そんなことを考えていては何も始まりません。史学科の生徒のほとんどが一般企業に就職します。それでもしっかり成り立っているのです。
そして口を酸っぱくして言うようですが、厳密にいえば「水中考古学者」は存在しません。私は「造船史研究者」であり、その段階で水中発掘と記録作業の技術を習得しました。つまり水中であっても陸上であっても対象の遺跡によって研究は個々に存在しているのであり、まず私たちが考えないといけないのは、「水中考古学の専門家」を育成するのではなく、「水中発掘の方法論を少しかじっている、それぞれの歴史研究の専門家」の育成です。上手く大学や大学院で彼らを育成することができれば、それぞれの研究で優秀な生徒は、「歴史博物館」や「民間の発掘会社」、そして「地方の埋蔵文化財課」に就職することになるでしょう。そして彼らが働く地域で水中遺跡が見つかれば、彼らが主体になりしっかりと水中文化遺産の研究ができるのです。
日本には多くはないですが、それでも他の国よりは確実に多く歴史を学んだ学生が就職できる場所があります。これは水中考古学にとってもものすごい可能性なのです。「水中考古学者になっても就職先がない」などという意味のない議論は捨てなければなりません。問題は「歴史学や考古学の学生にいかに水中考古学に興味を持ってもらい、水中発掘の基本的な道具の使い方を短期間で簡単に伝えられるか」なのです。
このような現状と問題点をしっかり確認することのできた2週間でした。
それにしても東京海洋大学での集中講義は教えてて楽しかった。彼らの中から同僚が出てきほしいなー。多分、いや確実に出てくる。

余談ですが、もう一つ嬉しかったこと。いい意味で男性からすごく「フォロー」しています。「応援しています」と声をかけられたこと。結構な数でした。
これはとても嬉しかった。もちろん性的な意味ではなく。そしてだからこそ沢山の同性の方々に私の水中考古学者としての生き方を共感してもらえているというのは励みになります。(本当にこういうのはおこがましいですが)女性に水中考古学と関係ないことで褒められることがあるともう嘘でしかないので裏があるのではと疑ってしまいます。水中考古学関連(水中考古学が好きになりましたなど)は素直にとても嬉しいです。(いや、私は女性が大好きなのですが、基本的に信用していないので。本当にすいません。)その点、同性からの「生き方に憧れます。」といっていただけるのは何よりも嬉しい。この2週間では沢山の方と会う機会があり、私のブログに関しては男性のフォロワーが女性よりもずっと多いことを気づかされました。正直半々ぐらいだと思っていたので、声をかけていただいた男性の数に驚きました。これからも男から「かっこいい生き方をしている」と思っていただける漢になれるように精進していきます。
(いや、性的には女性の方が100%好きなのですが、誰がというわけではなく基本的に信用していませんし。これは私個人的な問題なので突っ込みもしないで、ほっといてください。気を損ねた方すいません。女性は優秀ですし尊敬しています。ただの性格の不一致です。)

写真は「てっちゃんラーメン(基礎は牛骨塩ラーメン)とミニ豚トロ丼セット」おそらく世界一旨いであろう米子(鳥取県)で食べれるラーメン。気を害した方、これで許してください。
結局何が言いたいかというと、日本の水中考古学の明るい未来を確実に感じた2週間でした。