
先週末からアメリカの東海岸にあるサウスカロライナ州の州都コロンビアに来ています。今回の仕事はサウスカロライナ州のステイトアルケオロジー(州の考古学局)からの依頼で、彼らの水中考古学専門家チームへ計7日間の水中フォトグラメトリの訓練を行なっています。
実は今回私は初めてサウスカロライナ州にきました。これまでノースカロライナ州(水中考古学で有名なイーストカロライナ大学があります)は仕事で(講義しに)行ったことがあったのですが、サウスカロライナは一回も来たことがありませんでした。
ちなみにサウスカロライナ州といえば、アメリカではじめて敵船を攻撃した(実用的な)潜水艦として知られるH・L・ハンリーがあります。
今回はせっかくなので(私が知る範囲ですが)、アメリカのステイトアルケオロジーについてと、私が大学院生時代10年間住んでいたアメリカという国の水中考古学者の就職事情について紹介したいと思います。
まずステイトアルケオロジー(State Archaeology)とは要するに州の考古学局を指し、これらは公的機関です。日本でいう市町村の埋蔵文化財課にあたるのですが、それが市町村レベルではなく県レベルに置かれているという感じです。ステイトアルケオロジーはそれぞれの州にあり、そこで働く州の考古学者たちが各州の遺跡の登録や管理を取り仕切っています。
これを聞いたら、「おー、凄い!アメリカはそれぞれの州に水中考古学者がいるのか!」思う方もいるかもしれませんが、常任の水中考古学者達がいる州はじつはアメリカ51州の中でも7~8州ぐらいしかないそうです。そしてこれらの州に水中考古学者は3~4人程度だそうです。(聞いたばかりの情報です)
そしてこのステイトアルケオロジーの仕事は、アメリカの学生の間では特に人気(憧れ)の職場!私が大学院生時代に一度、テキサス州のステイトアルケオロジーの水中考古学者が特別講義をしにA&M大学にやって来て、学生を夕食に招待してくれたことがあったのですが、この時普段あまり大学に来ていない学生まで参加して、全員がゴマをすりまくっていて「なんじゃこれは」と感じたのをよく覚えています。私は日本人(外国人)だし、当時は大学に研究員として残りたいと考えていたので、その時初めてステイトアルケオロジーという職場の人気に驚かされました。
博士課程の生徒は教授職や研究職を目指している場合が多いのですが、州の職員(公務員)であるステイトアルケオロジーは特に修士課程の学生にとっては夢の職業らしいです。

私が知る限りアメリカという国は職業としてプロの水中考古学者になるのが他の国よりもずっと難しい印象を受けています。
「7~8州のステイトアルケオロジーに3~4人の水中考古学者がいるんでしょ?」とお思いかもしれませんが、アメリカ国内だけで水中考古学を学べる大きなプログラムを持つ大学院が3つ。そこから毎年8~10人が各大学院から卒業して職を探しています。水中考古学プログラム自体が大学院に無くても教授について水中考古学研究している他の大学院の学生も多いので、毎年30人~40人近くの若者がプロ(職業として)の水中考古学者を目指し大学院を卒業します。
アメリカにはステイトアルケオロジー以外にもNOAA(National Oceanic and Atmospheric Administration)やBOEM(Bureau of Ocean Energy Management)、Naval History and Heritage Commandなどの公的機関に専門の水中考古学課があり、またSEARCHという大きな考古学の会社にも水中考古学専門調査員が数名います。
ただもちろんこちらも超人気の職場で、これらの大きな研究機関に併設されている研究所で働いている専門の水中考古学者は10人前後しかいません。そして彼らのうちの誰か一人が職を離れるのは数年に一度だけ。つまりアメリカの水中考古学の学位を持つ若者は、各研究機関でインターンや国立公園などでアルバイトをしながらこれらの席が空くのを数年間も虎視眈々と待っているのです。
そして、これらの職の公募が行われたときに数十名から時に100名近くの若い水中考古学者達が椅子取りゲームの要領で飛びつくわけです。
恐ろしい世界、、、、、アメリカ人の水中考古学者じゃなくてよかった。
更にまずいことに、上記した公的機関や研究機関で数年間働いている水中考古学者は超優秀なうえに経験も豊富なので、この研究機関の中を渡り歩くように転職しがちなんです。つまりある研究機関の新しい席が空いても、そこに別の大きな研究機関で働いていた研究者が転職して来るだけで、学会とかで彼らに会うとコロコロ所属機関が変わってだけという感じをうけます。
私の大学院の水中考古学者を目指していた学生も卒業後は行方知らずになったり、地元の小さな博物館で働いていたりがほとんどです。大学院卒業後数年間インターンや契約雇用を行い、その後水中考古学を離れていっています。
というわけで、アメリカ国内で水中考古学のプロとして働くのは超絶ハードルが高いのです。
たまに私も日本で水中考古学関連の取材時に、「アメリカは水中考古学が盛んなので、卒業後アメリカに残っていたら簡単に働けていそうですね」とか言われることもありますが、実は大きな間違い。
これは日本国内でアメリカンフットボールをやっている日本人が「アメリカにはプロリーグがあるので、アメリカだったら簡単にプロフットボール選手になれますよ」というぐらいの勘違い。競技人口が多いからこそとても難しいのです。レベルが桁違いなのです。
世界的に見ても水中考古学が盛んな国であればあるほど、その国で職を得るのが難しい感じです。

現在、サウスカロライナ州のステイトアルケオロジーの水中考古学者達と働いていますが、やはり皆さんとても優秀です。そしてとてもいい人たち。(アメリカでは性格に難があったら直ぐに解雇される感じです)
今回は3名のサウスカロライナ州の水中考古学者達の他に、イーストカロナイナ大学から2名(サウスカロライナ州の水中考古学者達はみなイーストカロライナ大学の卒業生だからいろいろと情報交換しているのでしょう)、テキサスA&M大学から1名(これは友人のA&Mの教授から頼まれました)トレーニングに加わりたいということで参加してくれています。
彼ら現役大学院生とステイトアルケオロジーの水中考古学者達の話を聞きながら、「あぁ、アメリカの水中考古学者を目指す若者たちの就職事情は残酷だなぁ」としみじみ感じています。
日本で私が本を書かせてもらったり、たまにラジオに出させてもらえるのはあくまで日本国内で水中考古学がマイナーだからです。就職事情も実は日本の水中考古学はぬるま湯。日本国内で水中考古学に関わっている研究者は20人ほどいらっしゃいますが、皆さんしっかりと大学や埋蔵文化財課、埋蔵文化センターや発掘調査会社などに職を得ています。アメリカは専門職としての水中考古学者の席は確かに他国よりも多いですが、その席にたどり着けるのは大学院を出ていても数十人に一人。(インターンやアルバイトは多いですが正規雇用として残れるのは本当に一握り)
水中考古学大国アメリカ、その内情は弱肉強食の恐ろしい世界です。
日本人でよかったー。