アメリカ (2019)

2019年の夏に3年ぶりにアメリカ北東部のバーモント州にあるシャンプレーン湖に戻りました。前回ここで働いたのは2015年と2016年にテキサス農工大学のプロジェクト。その時は4隻の沈没船の水中発掘調査を行いました。

今回はシャンプレーン湖にある海事博物館からの依頼。とはいってもシャンプレーン湖で働いている水中考古学者もテキサス農工大学の先輩。以前から何回か一緒に別のプロジェクトで働いており、今回は少し予算が取れたので前々からやりたかった歴史的に重要な沈没船の3Dモデルを作成したいとのことでした。

この重要な沈没船というのは「フェニックス1号」。実は2015年と2016年にシャンプレーン湖で私たちが水中発掘を行っていたのは「フェニックス2号」と名付けられてた蒸気船で、今回の目標であるフェニックス1号の姉妹船でした。

(2015年・2016年にシャンプレーン湖で行われたシェルボーン蒸気船の墓場水中発掘プロジェクトの様子はこちらをご覧ください)

そしてこのフェニックス1号はアメリカ最古の蒸気船の一つ。このシャンプレーン湖自体がハドソン川(ニューヨーク)の上流に位置し、そのままカナダのモンテリオールの湾を経由して、そこから五大湖にまでつながる重要地点。そこから運河経由でミシシッピ川(ニューオリンズ)までつながっているのです。まさに北米の大動脈に位置しているのです。そのような理由からヨーロッパで発明された蒸気船はこの19世紀の前半にアメリカ独自の蒸気船として、まさにこのシャンプレーン湖で爆発的な進化を遂げたのです。いわばシャンプレーン湖はアメリカ蒸気船の生まれ故郷。そしてこのフェニックス1号がシャンプレーン湖で最古の蒸気船なのです。

このプロジェクトに参加したのは私を含めたテキサス農工大学大学院卒業生の3人。シャンプレーン湖海事博物館のクリス・セービック(左)とアメリカ海軍の水中考古学研究機関で働いているジョージ・スチュワート博士(右)。私にとってこの二人は船舶考古学の大先輩たちです。彼らは私よりも先に卒業していたので、大学院での面識はありませんでしたが、他のプロジェクトや学会などを通じて仲良くなっていました。

ただこの2019年に行われたシャンプレーン湖でのプロジェクト、私が参加した中で最も厳しいものでした。

私はシャンプレーン湖のあるバーモント州に3週間滞在したのですが、フェニックス1号の調査のための期間は予算の都合で1週間だけ。後の2週間は3次元測量のワークショップを開催していました。3年前にテキサス農工大学のプロジェクトでシャンプレーン湖で潜った時は水深3mの場所での発掘。透明度は1m~2m程ととても悪かったのですが、浅かったので安全でした。でも今回は水深30m~40mに横たわる全長50mの沈没船です。透明度は3~4m程と悪く水深25m以下は真っ暗闇の世界。

そして水温を完全になめていました。前々から「寒いけど大丈夫か?」とは2人から聞かれていたのですが、3年前の浅い場所での水温に似ている考えていたので7㎜の2ピースのウェットスーツで大丈夫か考えていました。潜る直前になって念のために改めて水温を聞いてみたら華氏44度、、、

んっ?

摂氏変換すると7度。

ヤバい!

なめていた。

でもまぁ死ぬことはないだろうと考えそのまま潜りました。1日目は現状を確認するだけだったので15分ほどで潜水作業終了。

死にかけました。軽い低体温症。

早速アメリカで大手のダイビングショップで働いていいる友人に電話して、一番良いセミドライスーツを友人価格(半額)で購入。翌日届くとのこと。本来はドライスーツがいいのでしょうか、こんな極地で私が潜るのは数年に1回のみ。さらに日本に帰るのは半年に一度ほどですし、ドライスーツを飛行機で持ち歩くには重すぎます。

2日目は天気が悪く水中作業は中止、そして3日目にはおニューのセミドライスーツが到着していました。

これで少しは大丈夫か!?

しかし、この日の水温は華氏38度。つまり摂氏3度です。

そしてこの日はフォトグラメトリの1日目。ただ私もこれまでに世界各地の現場で潜ってきましたが、さすがにこの様な「極寒」+「極度に透明度が悪く」+「完全な暗闇」での作業は初めてでした。

完全な誤算だったのがフラッシュライト。暗闇なのでフラッシュライトを焚かないといけないのですが、透明度の悪い場所で連続して焚いたので、目が完全に眩んでしまいました。透明度が悪い場所で完全に視力ゼロ。

しかしこの様な透明度がゼロの場所でも、これまで何度も水中発掘の作業経験はあるので大丈夫かと思っていたら、この水温。

人間って極度に温度の低い場所にいると思考が停止するのだと初めて知りました。

それでも頑張って、沈没船はこのあたりかなと感覚のみで作業し終えて、ダイビングボートに上がると、一緒に潜っていたクリスから質問が、、、「どこ行っていたの?」と。どうやら完全にコース(沈没船の場所)を外れていたようです。大失敗。

さらに今回は水深が30m~40mと深い場所に50mの沈没船。しかも半分埋まった状態。私の行っているフォトグラメトリは対象物表面の特徴をとらえて、それをデジタル3Dモデルにする技術です。しかし沈没船の表面のほとんどがシルト状の泥に覆われている状態。しっかりとした3Dモデルを作成するには表面を泥を多少取り払って沈没船の表面を露出しなければなりません。この方法はいくつかあるのですが、一回の作業時間が15分~20分という水深30m~40mの水中遺跡で、遺跡の全長は50m。そして作業できる考古学者は3人のみ。私たちは完全になめていました。しっかりとした調査を行い3Dモデルを作成するには最低2週間は必要。

さらに沈没船は湖の中央部にあるのでダイビングボートはもろに風の影響を受けます。結局残りの3日は天候が崩れ、潜れませんでした。 5日の作業日程で天候のため2日しか作業できなかったことを考えると、日程として3週間は必要です。

この潜れなかった3日間を使ってしっかり仕切り直し。2020年以降にしっかり予算を取り、予算が取れ次第、大きなチームを引き連れて帰ってきます。そのための計画をしっかりと練りました。

そして私も機材をアップグレード。強力なビデオライトを装着しました。これで連発のフラッシュライトで目がくらむこともないでしょう。そして次回からはドライスーツをレンタルします。

幸運なことに、チームメイトの二人も「挑戦」を楽しむタイプ。バーモント州の名物料理を楽しみながら今後の計画を立て、さらに仲間意識が強くなりました。

私もこれまでにフォトグラメトリを使用した水中遺跡の3Dモデル作成は覚えているだけでも約17ヵ国で約70カ所(遺跡)で行ってきました(水中発掘、水中調査、水中調査、陸上調査を除く)。それぞれの海で全くコンディションが違う中、それぞれの環境に合わせて解決方法を見つけ行ってきましたが、その中で最後までうまくいかなかったのは今回が初めて。

いい経験になりました。

私としてもこの怪物の3Dモデルを何としてでも作り上げてみせます。

バーモント州滞在の他の2週間は3次元測量のワークショップを受け持ちました。

1週目はバーモント州にいる水中考古学者を対象としたもの。2週目はシャンプレーン湖で潜っているダイバー向けでした。

皆さんにとても喜んでもらえました。

今までのアメリカのシャンプレーン湖やフィンランドのヘルシンキでプロダイバーの方たちに3次元測量の教えたのですが、謎なのが「なぜ彼らはこんな場所で潜るのか?」ということです。わたしがこの様な環境で潜るのは沈没船調査のため仕方なく。透明度の良く暖かい場所で潜った方が快適です。でもシャンプレーン湖やヘルシンキのダイバーたちは好んでこの様な環境下で潜っているのです。人間って不思議です。

こちらはシャンプレーン湖とバーモント州の風景。アメリカ北部は緑が多くて美しいところです。

こちらはバーモント州最大の町のバーリングトン。避暑地として栄えており、夏もそこまで熱くならず過ごしやすいところです。まぁ、湖の水は死ぬほど冷たいんですけど。
マルタのところでも登場したクリスマン教授と奥さんも様子を見に来てくれました。バーモント州はかれの故郷であり、発掘がない時は毎夏ここで過ごしています。

   

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