アドリアス・プロジェクト(AdriaS Project)
グナリッチ沈没船水中発掘 (Gnalic shipwreck)
ジリエ沈没船水中調査 (Zirije shipwreck)
スジュラッド沈没船水中発掘 (Sudurad shipwreck)
プロジェクトディレクター:イレーナ・ロッシ博士(Dr. Irena Radic Rossi)
場所:クロアチア


2016年と2017年に再びクロアチアに戻りました。(今後も毎年クロアチアにいく予定です。)2012年・2013年・2014年に私が参加したクロアチアで行われた水中調査はグナリッチ沈没船の水中発掘調査を行うもので「グナリッチ・プロジェクト」と呼ばれていました。このプロジェクトはテキサス農工大学(アメリカ)とザダー大学(クロアチア)との共同で遂行されており、私はテキサス農工大学側から派遣された考古学者という立場で参加していました。
2014年の調査をもって共同プロジェクトとしてのグナリッチ・プロジェクトは終了し、2015年からはザダー大学のロッシ博士のもと、アドリア海の海事考古学を包括的に調査を行う「アドリアス・プロジェクト(AdriaS Project)」が発足しました。
アドリア海の東側に位置するクロアチアは、ギリシャ時代から海上交易の重要な中継点として栄えていました。アドリア海は東地中海と中央ヨーロッパを繋ぐ海路の中央に位置し、現在確認されているだけでも200以上の沈没船遺跡が発見されています。年代の幅や水中遺跡の種類も、ギリシャ時代の古代船から第2次大戦の戦闘機まで多岐に亘ります。アドリア海の海事史がクロアチアの歴史そのものといっても過言ではないのです。これらアドリア海における船の進化の歴史、海上交易の歴史、さらに水中文化遺産の保護を包括的な研究対象とするのが「アドリアス・プロジェクト」です。

私が訪れた地域の中でもクロアチアは海の文化が現在も色濃く残っている国のひとつです。毎日発掘が終わり、私たちが滞在している島に帰る途中の夕暮れ時に景色を眺めていると、たくさんの私たちの船の周りにいることに気が付きます。これらの船のほとんどが漁船や商業用の船ではなく個人所有のプレジャーボートです。
クロアチアの沿岸には「アドリア海の真珠」と歌われるように大小山ほどの島々が点在します。人が住んでいる島には定期船が通っているのですが、それでも多くの家庭が車を所有するような感覚で小さな船を所有しています。夕方には高校生ぐらいのカップルが運転する船とも数多くすれ違います。日本の大学生が車でデートする感覚でクロアチアの高校生が海上デートを楽しんでいます。休日の夕方に海を見渡せばそこら中に小型のヨット(帆船)がセイリングを楽しんでおり、その白い帆がクロアチアの海に美しいアクセントを加えているのです。
グナリッチ沈没船


2012年・2013年・2014年に引き続き、2016年・2017年も16世紀ベネチア船であるグナリッチ沈没船の発掘調査に参加しました。発掘自体も6年目が終わり、現在では船体の約50%が発掘されています。当初このプロジェクトに参加していたザダー大学の学生もほとんどが卒業してしまいました。2012年目の発掘1年目から参加しているのはロッシ教授と私を含め3人だけになりました。
ここ数年のロッシ博士の研究成果により、クロアチアにおける水中考古学の進展とその発掘の方法論は、ヨーロッパでも広く知られるようになりました。そのため2014年頃からヨーロッパ各国の水中考古学者を目指す学生がロッシ教授の水中発掘に参加するようになりました。
そこで2014年からアドリアス・プロジェクトの中心的発掘調査でもあるグナリッチ沈没船の現場の近くの島に、常駐できるプロジェクトベースがつくられることになりました。これはプロジェクトに対して島から寄贈されたアパートを整備したもので、2つのベッドルームとキッチンからなり、このベットルームには各3つの2段ベッドがあります。発掘時期には12人の考古学者がこの狭いアパートに滞在しながら発掘作業を行います。
問題はトイレが一つしかないことです。朝は好きな時に用が足せません。この狭い空間で、数カ月、共同生活を送りながら発掘を行うので、発掘メンバーは家族のように仲が良くなるのです。



グナリッチ沈没船は水深24メートルから27メートルに位置します。これは発掘現場としては標準的な水深で、発掘調査の方法も一般的なものです。そこで、このプロジェクトを例にとって発掘調査中の一日の流れを説明します。
この水深では潜水病のリスクに配慮して、一回の水中での作業時間は30分とします。そして浮上の際の減圧を水深9メートル・6メートル・3メートルで行います。減圧の所要時間は計15分ほどです。よって一回の合計潜水時間は約50分になります。
朝は毎日7時半頃起床します。
8時から朝食をとり、その後コーヒーを飲みながらミーティングをします。1日の準備をして9時半にはアパートを出発して、10時頃に港から出航します。11時頃に発掘現場に到着し船を固定し、11時半頃には作業開始します。1チーム4~6人程が3~4チームに分かれて潜ります。
水中作業をいくつかのチームに分けてに実施するのは、水中発掘に使うドレッジ(掃除機のような土砂を吸い込む機器)の数に限りがあるため、また、ある程度狭い範囲に限定した場所に発掘場所を絞り丁寧に発掘を行うので、一か所で作業をする人員の数が多すぎると効率が悪くなるためです。海底での作業時間がかぶらないように30分ずつ時間をずらしてチームが飛び込み、全体で2~3時間かけて午前中の作業を行います。
午後1時半ごろから船の上で昼食を取り、減圧のために昼食後は1時間ほど休憩を取ります。3時頃から午後の作業を再開します。5時頃に1日の潜水での作業が終わり、午後6時ごろに港に帰ってきます。
その後は各自で8時頃まで引き上げた遺物の処理や、とってきたデータの処理、次の日の準備など決められた作業を行います。夕食は比較的ゆっくり和みながら全員で取り、その後はお酒を飲み、午後の11時ごろには就寝します。
しかしながら発掘調査も後半になると大量のデータが蓄積され、その整理分析作業が加わるため、全員、就寝時間が深夜12~1時ごろになります。また、潜水作業は体全体に水圧がかかり、血液中の窒素濃度も高まるのでも疲労が溜まりやすくなります。加えて潜水作業に使うタンクやその他の機材などはすべて自分たちで準備するので、ほぼ一日中肉体労働に終止します。
休日も概ね1週間に1日なので、発掘作業開始後1ヶ月が過ぎる頃にはメンバー全員疲労困憊となるのです。それでも、綺麗な海での仲の良い同僚との発掘作業は何にも代えがたい価値のあるもので、大きな喜びとなります。
さらにグナリッチ沈没船は、その積荷の多彩さと船体の保存状態から、現在水中考古学の世界でも最も注目されている発掘の一つになっており、その発掘調査の成果に世界中の水中考古学者から大きな期待が寄せられています。このことも発掘作業に携わるメンバーの奮闘の源となっています。
スジュラッド沈没船




2017年からはクロアチア南部のシパン島にある「スジュラッド沈没船」の発掘調査に加わりました。この船は16世紀後半に沈んだスペインの船だということが分かっています。本格的に発掘が開始したのは2016年からで、まだ船の95%は海底に埋まっている状態です。この船は水深約33mの海底に沈んでおり発掘調査時の危険度が高くなるため、クロアチア側の参加メンバーも少数精鋭となっています。
プロジェクトリーダーでもあるロッシ博士はザダー大学の教授なのですが、一年の半分の時間を現場での発掘に費やしています。むろん講義などもあるため、1週間に2日ほど大学に戻り、その間だけ博士のアシスタントが代わりに発掘の指揮をとります(前述の2012年から残っている3人のメンバーの1人です)。ロッシ博士は年間に4~5箇所の現場で発掘作業(陸上遺跡も含む)を行っています。まず水深3メートル程度の浅い場所にある水中遺跡に、水中考古学に興味のある学生を連れていきます。
そこで見出した優秀な学生をグナリッチ沈没船やこのスジュラッド沈没船の水中発掘にメンバーとして参加させるのです。クロアチア国内でもグナリッチ沈没船は著名なため、発掘調査やこのスジュラッド沈没船に参加することはとても名誉のあることだとザダー大学の学生が話していました。

そしてスジュラッド沈没船の水中調査でうれしいのが、4つ星ホテルをベースにしての発掘調査であるということです。このプロジェクトにはドイツのダイビングクラブが一部出資をしており、そのクラブのメンバーがボランティアとして発掘作業に参加してます。彼らが宿泊している発掘現場の目の前のホテルがこの水中調査に協力してくれているので、発掘運営機関もそのホテルを私たちプロジェクトメンバーの拠点として用意してくれました。クロアチアの美しい景色をのぞむ4つ星ホテルから向かう発掘作業は格別です。
ジリエ沈没船

クロアチア中部の「ジリエ」という小さな島で、2015年にギリシャ時代(紀元前4世紀頃)の沈没船が発見されました。2017年、私がグナリッチ沈没船の水中調査を行っている最中に、ロッシ教授のアイデアで3日間だけこの島に派遣され、ジリエ沈没船の3D実測図(3Dモデル)を作成しました。
この島ではすでにクロアチア国内最古のギリシャ文明の居住地跡が発見されています。同時代の遺跡が、今度は沈没船という形で水中で見つかったことで、アドリアス・プロジェクトの新しい発掘調査対象として大きな期待がかけられているようです。本格的な水中発掘調査は2018年から始まります。
2016年・2017年
この他にも、2016年からグナリッチ沈没船が「アドリアス・プロジェクト」の一部になって以降は、私自身も特定の沈没船の発掘に限定することなく、クロアチアの水中考古学全般に関わる様々な活動に参加し支援を行っています。
ロッシ博士からは、とりあえず時間があるときにはクロアチアに帰ってきてくれと依頼されているので、他の国での発掘プロジェクトの合間を縫って、極力長い間アドリアス・プロジェクトに参加を出来るように工夫しています。
私がクロアチアにいる間はロッシ教授の手配で学会での講演や、考古学者向けのワークショップなどを開催し、クロアチアの水中考古学発展のためにお手伝いしています。2012年から毎年、約2ヶ月間、クロアチアで生活しているので、日本とアメリカに続く第3の故郷として毎年帰るのを楽しみにしています。


