中世北欧、イギリスのサットン・フー船葬墓 (西暦600年頃) とノルウェーのクヴァルスンド船 (西暦700年頃)

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ノルウェーのフィヨルド。北欧のヴァイキングたちはこのような地形を船のシェルターとして用いていました。(Almgre et al., 1991) (Photograph courtesy Wideroe Flight Company Ltd)

中世の北欧の世界観は「船」と密接していました。王族や貴族の死者は船と共に埋葬されました。また古くなった船や敵から拿捕した船の中には戦いの神への貢物として故意に沈められたものもあります。

ここではバイキングの少し前時代の北欧の船、船葬墓としてアングロサクソンの王が埋葬されたイギリスのサトン・フー船と、神への供物として沈められたノルウェーのクヴァルスンド船を紹介したいと思います。

中世前期イギリスの船葬墓、サットン・フー船(西暦600年頃)

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サトン・フー船葬墓から発掘されたアングロサクソン様式のヘルメット。(Throckmorton, 1987) (Photograph courtesy Micheal Holford)

イギリス南部は紀元後40年から407年までローマ帝国の属州でブリタニア(ブリタンニア)と呼ばれていました。407年にローマ帝国がブリタニアから撤退すると、現在のデンマーク、ドイツ地方からゲルマン人(アングル人・サクソン人・ジュール人)が入植し、後のイギリスの礎となる王国を築いていきました。

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サットン・フー船葬墓の簡易実測図。(Bruce-Mitford, 1979) (Image courtesy C.W. Phillips, F.S.A.)
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サットン・フー船葬墓の簡易実測図(断面)。(Bruce-Mitford, 1979) (Image courtesy C.W. Phillips, F.S.A.)

サットン・フーの船葬墓の発掘は1938年に行われ、その後の調査からこの墓がアングロサクソン王国時代、7世紀前半に死去したイーストアングリア王の墓であったことがわかりました。後にヴァイキングの世界観でもある北欧神話に通じる彼らの宗教観では、世界樹が世界を支えており、死後も世界の終末戦争である「ラグナロク」に船で眠りにつきながら、その来た時を待つというものです。そのために王族や貴族の多くが船と共に埋葬され、それ以外の人々も船をかたどった墓に埋葬されることがありました。

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サットン・フー船葬墓遺跡での発掘の様子。(Bruce-Mitford, 1979) (Photo B. Wagstaffe)

サットン・フーの遺跡が他の北欧で発見された船の遺跡と大きく違うところは、強い酸性の土壌のせいで船体の木材は溶けてしまい、船体木材のほとんどが残っていなかったことです。幸運なことに鉄製のリベットと、上の写真からもわかるように当時の船形は「型」として残っていました。この船の発掘再調査は1967年にも再び行われ、7世紀初期のアングロサクソン王国の船の構造が明らかになってきました。

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サットン・フー船の復元イラスト。(Greenhill, 1988) (Illustration by Sam Manning)
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サットン・フー船の外板の復元図。(Bruce-Mitford, 1979) (Image courtesy C.W. Phillips, F.S.A.)

サットン・フー船は古代と中世の北欧を代表する造船様式のラップストレークの外板を持ったシェル・ベースコンストラクションのクリンカービルド船でした。外板は厚さ2.5㎝と船の大きさ(27m)と比べて薄く、助骨(フレーム)も比較的に広間隔におかれており、人力で漕いで推進力を得る櫂船として適したとても柔軟性のある船体を持った船であったと考えられます。外板板は竜骨板(竜骨ほど厚くない比較的平らな中心板)の両側に9列ずつありました。

それ以前のヒョルトスプリングボートやネイダン船との最大の構造上の違いは、助骨は木釘で外板に留められていたことです。サットン・フー船よりも前の時代の北欧船では外板にクリートというでっぱりがあり、そこに助骨は紐で結ばれていました。

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サットン・フー船の復元模型。(Greenhill and Morrison, 1995) (Image courtesy British Museum)

サットン・フー船の当時の全長は27m・最大幅は4.9m・全長と幅の比率が5.5:1と帆走の輸送船として使うには長く、助骨の感覚幅も漕ぎ座を備え付けつけるには最適で、おそらく36人から40人の漕ぎ手によって運用された櫂船であったと考えられています。マストストップも遺跡からは見つかっておらず、平たすぎる竜骨もこの船が主に近海の浅瀬で使われていた船であったという仮説を裏付けています。

サットン・フー船から発見された王の装飾品

またこのサットン・フー船からは当時のイーストアングリア王の装飾品とされる豪華な遺物が船内から発掘され当時の考古学者を驚かせました。ここではその一部を紹介したいと思います。

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サットン・フー船葬墓から発掘されたアングロサクソン様式のヘルメット。(Throckmorton, 1987) (Photograph courtesy Micheal Holford)
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発掘された王笏(おうしゃく:王の杖)。(Throckmorton, 1987) (Photograph courtesy British Museum)
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胴当ての金製の留め金。(Throckmorton, 1987) (Photograph courtesy British Museum)
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金製のベルトのバックル。(Throckmorton, 1987) (Photograph courtesy British Museum)
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発掘された金で装飾されたコインケース。(Throckmorton, 1987) (Photograph courtesy British Museum)
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発掘された金貨。(Throckmorton, 1987) (Photograph courtesy British Museum)
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発掘された東ローマ帝国(ビザンティン帝国)製の銀皿。(Throckmorton, 1987) (Photograph courtesy British Museum)
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発掘された東ローマ帝国(ビザンティン帝国)製のスプーン。(Throckmorton, 1987) (Photograph courtesy British Museum)

またサットン・フー船から発見された埋葬品の中からは東ローマ帝国(ビザンティン帝国)製の銀のさらやスプーンやエジプト製のカップなどもあり、当時のイギリスと地中海国家の間でも貿易があったことを示しています。

中世前期ノルウェーのクヴァルスンド船(西暦700年頃)

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クヴァルスンド船の発掘現場の様子。(Shetelig and Johannessen, 1929)  (Photograph courtesy O.E. fot)
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ベルゲン海事博物館に展示されているクヴァルスンド船の復元模型。(Image from http://www.vikingskip.com/kvalsundskipet.htm)

1924年にノルウェーのクヴァルスンドで、ラップストレークの外板を持ったクリンカービルドの船が発掘されました。この船は後の研究によってイギリス南部で発見されたサトン・フー船と同時代の8世紀前半の船であることがわかりました。一緒に発見された遺物から、この船もネイダン船のように戦いの神への供物として意図的に沈められた船であったと考えられています。

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クヴァルスンド船の復元図と復元船形図。(Shetelig and Johannessen, 1929) (Illustration courtesy Fr. Johannessen)
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クヴァルスンド船の復元断面図と外板の復元図。(Shetelig and Johannessen, 1929) (Illustration courtesy Fr. Johannessen)

クヴァルスンド船の全長は18.3m・最大幅は3.2m、全長と幅の比率は6:1で、20~22人の漕ぎ手によって運用されて櫂船であったと考えられています。また大きな曲線を描いた特徴的な船首と船尾を持っていました。また、助骨(フレーム)は水面よりも低い位置では外板のクリートに紐で結び付けられており、水面より高い位置では木釘によって外板に留められていました。この船体下部ではフレーム(助骨)が外板列に紐で結び留められ、船体上部では木釘で留められているという構造は、この後に続く章で一緒に見ていく北欧の船でも使われており、これがバイキング船の船体構造の大きな特徴の一つなっていきます。

クウォーター・ラダーと竜骨

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クヴァルスンド船の復元模型。(Brogger and Shetelig, 1971) (Image  courtesy Bergens Museum)

クヴァルスンド船の船体構造に関する最大の考古学的発見の一つがクウォーター・ラダーです。クウォーター・ラダーというのは操舵用のオール(ラダー)の一種で、船の後方(主に右舷)に常に備え付けられた(取り外しができない)舵をさします。このクヴァルスンド船で発見されたクウォーター・ラダーが船と共に発見されたものとしては最古のものになります。このクウォーター・ラダーは船尾に突き出した円錐型のブロックに留められており、舵には上部から横に突き出したティラーという持ち手がついていました。またこのクヴァルスンド船には以前のヒョルトスプリングボートやネイダン船と違い下に深く突き出した竜骨があり、帆走もしていたのではないかという仮説もあります。(しかしながら、マストステップは見つかっておらず、上部に突き出した船首も帆船としてはふさわしいものではないので、もし帆走能力があったとしても、主に櫂船として使われていた船であったというのが主流の仮説になっています。)

北欧の古代から中世前期にかけての船の変化

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北欧の船の形の変化。(Almgre et al., 1991) (Illustration courtesy Ake Gustavsson)

考古学における最初の「船」の発見は紀元前4世紀後半のヒョルトスプリングボートになります。すでにヒョルトスプリングボートは後のヴァイキング船の代名詞ともいえる船首と船尾の形が同じであるダブル・エンデッド・ハル (Double ended hull) を持っていました。ダブル・エンデッド・ハルの一番の利点は砂浜などに乗り付けた船を、方向転換せず、漕ぎ手の座る向きを変えるだけで効率的に発進できるという機能です。それから約700年後の紀元4世紀のネイダン船が発掘研究されました。このネイダン船は未だに構造的にはヒョルトスプリングボートに似ており、平たい竜骨板(キールプランク)を持ち、助骨(フレーム)は外板のクリートと人で結ばれていました。それから更に250年たち、8世紀前半のクヴァルスンド船になりようやく発達した竜骨と船の一部として備え付けられたクウォーター・ラダー(舵)を持ったクヴァルスンド船が現れました。その後ついにヴァイキングの時代に入り、船の構造は急激に発達していくことになります。

まとめ

いかががでしたか?ここではヴァイキングの時代に入る直前の中世前期イギリスのサットン・フー船(6世紀前半)とノルウェーのクヴァルスンド船(7世紀前半)の遺跡を見てきました。両方とも北欧船の特徴であるラップストレークの美しい船体を持った船でした。さらに私にとって考古学者として興味深いのが船体のほとんどが残っていなかったサットン・フー船です。船体がほとんど残っていないにもかかわらず、その「跡」から考古学者たちの手によって様々な研究が行われ、貴重な当時の造船技術が明らかになりました。

次の章はついにヴァイキングの時代に入ります。ヴァイキング世界において船は彼らの文化を代表する機械であり誇りでもありました。その時代において北欧の造船技術は急速に発展していきます。まずはヴァイキング船を代表する考古学遺跡の一つであるノルウェーのオセバーグ船を一緒に見ていきましょう。

<北欧ヴァイキング時代初期の船、オセバーグ船(西暦815年頃)>

<参考文献>

ALMGRE, B., BLINDHEIM, C., CAPELLE, T., ELDJARN, K., PERKINS, R., RAMSKOU, T., and SAWYER, P. (1991). The Viking. New York, Crescent Books.

BRØGGER, A. W., & SHETELIG, H. (1971). The Viking ships: their ancestry and evolution. Oslo, Norway, Dreyers Forlag.

BRUCE-MITFORD, R. L. S. (1979). The Sutton Hoo ship burial: a handbook. London, Published for the Trustees of the British Museum by British Museum Publications.

GREENHILL, B. (1988). The evolution of the wooden ship. Caldwell, N.J., Blackburn

GREENHILL, B., & MORRISON, J. (1995). The archaeology of boats and ships: an introduction. London, Conway maritime Press.

SHETELIG, H., & JOHANNESSEN, F. (1929). Kvalsundfundet og andre norske myrfund av fartøier. Bergen, J. Griegs boktr.

THROCKMORTON, P. (1987). The Sea Remembers: From Homer’s Greece to the Rediscovery of the Titanic. London, Bounty Books.

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