フォトグラメトリと水中考古学

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ここでは何故私たち水中考古学者はフォトグラメトリという技術を重宝するのか、フォトグラメトリはどの様な点が優れているのかを紹介していきます。

正確性

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フォトグラメトリはスキャン技術であり、3Dモデルは高画質画像とコンピューターによって計算され作成されています。そのため、その寸法や質感データは人間が手作業で行う実測よりもミスが少なく、より正確なデータが取れます。それが私たち水中考古学者が水中発掘時にこの技術を利用する最大の理由です。

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これは前のページでも紹介したクロアチアで発見された16世紀のベネチア船の水中遺跡です。

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この遺跡の3Dモデルは写真撮影時に遺跡内に設置したスケールバーを使用し縮尺を実物大にしました。ここで注目してもらいたいのは赤で囲まれた数字です。ここではスケールバー上に70センチ間隔のデジタルマーカーを設置したのですが、そのうえでのこの3Dモデルの誤差は0.3㎜。つまり位置情報の誤差として7mで3㎜、70mで3㎝になります。水中遺跡ではレーザーによる距離測定は出来ませんし、起伏の激しく水流の影響を受けやすい水中遺跡では巻き尺などを使ってもここまで正確に測量することは出来ません。水中遺跡の測量を行うのにフォトグラメトリはここまで正確で優れているのです。

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もう一つ例を見ましょう。上の画像はクロアチアで発見された紀元前1世紀の縫合接合によってつくられた古代ローマ時代の船の水中遺跡です。

2つ目の写真は沈没船が発見された場所にある古代ローマ時代の波止場の水中遺跡の一部です。この3Dモデルは全長が90m、幅が30m程なのです。この遺跡内にスケールバーを幾つか設置しました。その中で一番離れているの2つのスケールバーが70m間隔なのですが、この遺跡の3Dモデル全体を一つのスケールバーで寸法を実物大に合わせ、そのうえであえてもう一つのスケールバーを縮尺に使用しないで、その大きさを調べて、この遺跡の寸法に歪みがないかを調べました。

その結果は70㎝の寸法を測った時の誤差で0.6㎜。つまりフォトグラメトリを使用した3Dモデルでは70m離れた地点でも歪みによる寸法の誤差は限りなく小さいのです。

もちろんこれは高画質の水中カメラを使用し、計算された道筋で泳ぎながら撮影した写真をフォトグラメトリのソフトウェアで丁寧に作成した3Dモデルなので、誰かが適当に作成した場合にこれだけの正確性を得られるとは限りません。しかしながら、もしフォトグラメトリが正しく水中遺跡に使用された場合、この正確性を得ることができるのです。

レーザースキャンなどが使えない水中遺跡でこれだけの正確性を得ることのできるフォトグラメトリは水中考古学に欠かせないツールなのです。

精密性

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フォトグラメトリを使用した実測作業は、寸法や位置情報の正確性だけでなく、遺跡の細かな細部までを記録することのできる精密性にも優れています。

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上の画像はスペインのバリアレス諸島で発見された2000年前の古代ローマ船の沈没船遺跡です。(毎年GWに行われている水中発掘ワークショップで発掘を行っている沈没船です。)

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フォトグラメトリで作成された3Dモデルではその木材に残された造船時のノコギリ痕や年輪まで見て取れます。

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更にテクスチャを取り払った3Dモデル、つまり純粋な形状だけを表した3Dモデル上でも、そのペグド・モーティス・アンド・テノン接合や木釘の穴まで精密に3Dモデルとして再現されているのが見て取れます。この様にフォトグラメトリは遺跡の細部まで精密に記録するのにも極めて優れた技術なのです。

汎用性

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フォトグラメトリで作成された3Dモデルは単なるデジタルデータです。それゆえにデータ情報は「柔軟」で様々な用途にあわせ変換したり組み合わせたりすることができます。

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上の画像はクロアチアのドゥブロブニクにある中世の波止場の遺跡です。この3Dモデルは陸上と水中の3Dモデルを組み合わせ作成されています。フォトグラメトリという技術はデジタル写真さえがあれば3Dモデルを作成できるので、ドローンを使用した空撮、通常の陸上からの写真、水中写真を組み合わせた3Dモデルを作ることができます。つまりフォトグラアメトリを使用した3Dモデルは陸上や水中、という枠組みにとらわれず、それゆえに遺跡全体をランドスケープ(地形)として様々な研究をすることができます。

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上の画像は私が九州大学の浅海底フロンティア研究室との共同研究時に作成した久米島の水中地形の3Dモデルです。

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この共同研究では浅海底フロンティア研究室がマルチビーム音響測量で作成した広範囲の海底地形データ3Dモデルの一部に私が作成したフォトグラアメトリ3Dモデルのテクスチャ(表面データ)を組み合わせました。これはもともと石油工学や海洋開発時の測量用に組み立てた方法論なのですが、マルチビームデータで発見された異常点にROV(水中ドローン)を送り、その画像データから作成されたフォトグラメトリのテクスチャを組み合わせ、地形データと視覚データを組み合わせた新しいデータを作成することが可能になりました。

この様にデジタルデータであるフォトグラメトリ3Dモデルはあらゆる他のスキャンデータやデジタルデータと組み合わせて使うことができます。

スピード

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フォトグラメトリが水中考古学の現場で重宝されている大きな理由の一つがそのスピードです。人間は潜水病の関係で水中(ダイビング)での活動時間が限られています。その為水中考古学者は可能な限り迅速に測量データを集めなければなりません。その為、水中写真から精密で正確な3Dデータを得ることのできるフォトグラメトリが好まれて使用されています。

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上の画像はミクロネシア連邦のチューク諸島で作成した第二次大戦時の日本軍の水中遺跡です。この時は3日間しか実測作業を出来なかったのですが、この3日間(7回のダイビング)で5カ所の水中遺跡の3Dモデル用のデータを集め、そこから3Dモデルと遺跡の実測図を作成しました。(5カ所の撮影に3日間、そこから3Dモデル作成に7日間。計10日間で上のデータを作成しました。)

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この画像はその時の3日間で集めたデータで作成した零戦の水中遺跡の3Dモデルです。短時間のデータ取得と処理時間にも関わらず、遺跡と遺跡周辺のサンゴ礁まで、隅々まで正確に3Dモデルで再現ができています。この様にフォトグラメトリは早いからといってデータが雑になるわけではなく、正確で精密な情報を短時間で作成できる技術なのです。

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次に紹介するのはギリシャでのプロジェクトで作成したデータです。ギリシャでも水中考古学は盛んなのですが、アンフォラ(古代の輸送用の壺)の研究が特に盛んで、水中発掘を行う前にその正確な現位置と水深をその周辺の地形を含めて記録しなければいけません。そのために私が作成したデータの一部が下の画像です。

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フォトグラメトリ3Dモデルから等深線を作成し、それを3Dモデルと共に書き出しして2Dの地図を作りました。この水中遺跡は水深50m地点にあり、もしこの様な等深線を含めた画像データを手書きで作成するには、そのためのデータ取得だけでも数カ月を要さなければなりません。フォトグラメトリを使用することによって3回の潜水作業でこの様な複雑なデータも作成することができるのです。

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上の画像はクロアチアでのプロジェクトで作成した沈没船遺跡の3Dモデルの幾つかです。これらの遺跡では水中発掘作業の間に時間を見つけて3Dモデルを作成しました。それぞれの遺跡で約1日~3日ほどでデータを取り、更に2日ほどで3Dモデルを作成し、そこから遺跡の実測図や断面図をはじめとした様々な考古学データを作りました。

この様にフォトグラメトリは従来の測量技術よりも迅速に記録作業を行うことができ、作成された3Dモデルから様々な考古学用のデータを取ることができるのです。

4D(時間経過)

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ここでいう「4D」 とは3Dモデルに「時間経過」を追加したデータを示したものです。

従来、水中作業時間に制限のある水中考古学研究では記録作業に時間がかかり過ぎてしまい、一回の発掘作業から一つの実測図しか作成することができませんでした。一方、陸上の考古学では遺跡を「層(レイヤー)」として記録することにより、より正確な研究を行ってきました。私たち水中考古学者もフォトグラメトリを使うことにより、記録作業にかかる時間を短縮し、「層」として水中遺跡を発掘し、より正確な研究を行うことができるようになったのです。

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上の画像と動画はバハマでの16世紀のスペイン船の発掘作業時に作成した3Dモデルです。このプロジェクトでは1日おきに3Dモデルを作成しました。この発掘現場は潮の流れがとても強く、発掘された木材はその日のうちに記録作業が行われ、土嚢によって埋め戻されました。その為、動画の最後に現れる3Dモデルが唯一沈没船遺跡の全体を見ることのできる映像になります。

この様に、水中遺跡の3Dモデルを座標データと組み合わせて制作することにより、いくつもの3Dモデルを重ね合わせ、発掘作業の時間経過を表すことも可能になりました。またこの座標データを組み合わせた3Dモデルのおかげで、新たに発掘した部分だけを抜き取り組み合わされることにより、最新の発掘箇所だけを組み合わせた「新鮮な」遺跡データを作ることもできます。つまり遺跡の保存のため、その年に発掘された場所の3Dモデルを作成し、遺跡は埋め戻し、次の年に新たに発掘させたカ所の3Dモデルを作成し、すでに埋め戻された箇所の3Dモデルを組み合わせ、それを毎年続けることにより、常に新鮮な遺跡情報をもった総合的な3Dモデルを組み立てることが可能なのです。

視覚化

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普段は見れない水中遺跡を視覚化し、情報を共有できる点もフォトグラメトリを使う大きな理由の一つです。特に水中遺跡の場合は水の透明度による問題があります。つまり水が綺麗な場所で透明度が30mあったとしても、水中遺跡の大きさが30m以上であった場合、肉眼で遺跡全体を見渡すことは出来ません。つまり3Dモデルを作成し、遺跡全体を視覚化することによって、水中遺跡全体の構造をより詳ししく理解することができます。

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上の画像はアメリカのシャンプレーン湖で19世紀の蒸気船の水中発掘を行ったときに作成した3Dモデルです。この湖は透明度が悪く、視界は常に1m~2m程度でした。つまり沈没船の3Dモデルを作成するまで、誰も遺跡の全体像を見たことがありませんでした。3Dモデルにより遺跡を視覚化することにより、初めて沈没船の全体を見ることができたのです。

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上の画像と動画はウルグアイで19世紀の沈没船の調査をした時のものです。この時は透明度が50㎝程でした。これが私がフォトグラアメトリを行ってきた中では最悪の透明度になります。

よくある勘違いとして、透明度が悪いと水中でのフォトグラアメトリは効果的ではないと考えられてる方がいます。しかしながら透明度が50㎝以上あれば、遺跡は見えます。つまり目視が可能な透明度ならばフォトグラメトリは使用することができます。透明度が4mならば2mまで遺跡に近づけば良いのです。1mならば50㎝まで近づいて撮影すれば3Dモデルを作成することが可能です。

逆にいえば、透明度が悪い遺跡現場であるほど、フォトグラメトリを使用することによる遺跡の3Dモデル視覚化の意義が強まるのです。

発掘作業の補助(補助能力)

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更にフォトグラアメトリを水中考古学のツールとして使う上で重要なのが、フォトグラアメトリの性能と限界を正確に理解し、発掘に活用することです。

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例えばクロアチアでのプロジェクトでは座標データを持った遺跡の3Dモデルを作成し、そこから位置情報を持ったオルソフォト(高画質モザイク画像)を書き出し、GISソフトウェアで管理と分析をしました。さらに水中考古学者が取って来た様々な情報と遺物データをGIS上で管理し、そこから最新の実測図を作成しました。この最新の実測図をプラスチック製の紙にレーザープリンタで印刷することによって、水中考古学者はこの最新の実測図を水中遺跡で使用しながら、更なる情報を発掘しながら書き足すことができました。この情報と実測図は毎週更新され、それによって水中発掘作業全体の効率が格段に上がりました。

この様にフォトグラメトリを単なる記録作業の技術として使うだけでなく、考古学の道具として、その性能を理解しながら使うことにより、発掘作業全体の補助をすることが可能なのです。

まとめ

このページで紹介したようにフォトグラメトリはその「正確性」「精密性」「スピード」「4D(時間経過)」「可視化」「補助能力」という点で非常に優れた技術なのです。その為、水中考古学ではいち早くその有効性が注目され、現在では水中考古学における記録作業のスタンダードになりつつあります。

更にここに付け加えないといけないのがフォトグラアメトリが比較的「安価」で「簡単」であるという点です。100万~1000万円程するレーザースキャンに対し、デジタルカメラさえあれば使用できるフォトグラアメトリは非常に安価です。更に水中で使えるレーザースキャンは値段が跳ね上がります。フォトグラアメトリのソフトウェアも種類が多く、通常2万~40万円ほどで購入でき、ソフトウェアによっては学術調査や教育目的の使用では特別価格も用意してくれています。またフォトグラメトリは比較的簡単であり練習してコツさえ知っていれば誰にでもすぐに使用できます。このためフォトグラメトリは多くの水中考古学の現場で使われる技術になりました。

次のページではフォトグラメトリを考古学に使用することの最も重要な意義について述べていきたいと思います。

2.遺跡のデジタル保存

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