石垣島 (2016)

屋良部沖海底遺跡群水中調査

プロジェクトディレクター:小野林太郎 博士(東海大学)

場所:沖縄県、石垣島

 

水中考古学 石垣島 1
頼もしき先輩海事考古学者の木村淳博士。 木村さんはいつも笑っているくせに写真を撮るときはいつも真剣な顔で決めてくる。若作りだけど私の方が4歳ほど年下です。

 

2016年10月に私にとって初めてとなる日本での水中調査に参加することになりました。
東海大学海洋文明学部の小野林太郎先生がこのプロジェクトリーダーなのですが、2016年の現地調査には小野先生は忙しくて参加できず、かわりに東海大学の木村淳先生が臨時にこの現地調査を受け持つことになりました。その木村先生からお誘い(依頼)があり私も参加することになりました。

木村先生はオーストラリアのフリンダース大学の大学院で海事考古学の博士号を私より数年前に取得しており、国内外で活躍されている頼もしい先輩です。オーストラリアとアメリカと国と大学の違いはありますが、同じ学問を専攻している研究者として、私も2013年頃から仲良くしてもらっています。木村先生は東アジアの船舶考古学(船の歴史)の専門家であり、私は西洋の船舶考古学の専門です。なのでお互いに判らないことがあるときに意見を交換しつつ船の歴史の研究を協力して行っています。

話は少しとびますが、私が海外に留学をはじめた2006年当時には船舶考古学または海事考古学(いわゆる造船史と沈没船発掘)を専門に勉強できる大学院は国内にはありませんでした。(先史時代や水没遺跡を研究対象とする水中考古学は日本でも古くから行われており、日本でも高い水準での教育と研究が行われていました。)
しかしながら現在では私が個人的に知っているだけでも、東京海洋大学の岩淵昭文先生をはじめ、琉球大学の池田栄史先生(元寇船の発掘をしている先生です)、そして東海大学の小野先生と木村先生と、学生や若い研究者たちが、海事考古学を日本の大学で勉強できる環境が整ってきました。これらの先生方は国内の水中文化遺産保護のために先頭に立って日本の海事考古学を導いてくれています。その他にもアジア水中考古学研究所(ARIUA)や九州国立博物館などの先輩研究者の方々も積極的に様々な研究活動をされており、現在日本の水中考古学は順調に未来に向けて発展しつつあります。

 

水中考古学 石垣島 2
水中調査近くの砂浜。石垣島は料理が美味しかった。

 

さて今回の石垣島の水中調査に話題を戻します。石垣島の屋良部沖には水深の比較的浅い場所(15m~33m)の狭い範囲に8つの四爪鉄錨と壺がまとまって沈んでいます。
実はこのように嵐などがしのげる湾内には西洋・東洋、そして時期を問わず錨が集中して沈んでいることがよくありのです。錨というのは海底に爪などが引っ掛かりやすく、場合によっては引き上げるのが困難な状況になります。そうした場合、船乗りたちは錨をつなぐロープを切断してその場から動けるようにするのです。このように船が停留していただろう湾内から錨が大量に見つかるのは珍しいことなどではなく、私のこれまで参加してきた欧州のでの水中調査でも錨だけが見つかることがよくありました。

おそらく、この屋良部沖の四爪鉄錨遺跡群もこのように引っ掛かった錨のロープを船乗りが切り離してできたのでしょう。私の参加した2016年の調査では、私は錨を中心にフォトグラメトリーで3D実測図(3Dモデル)を作成していたので、少し離れた場所にあった壺群を直接見たことがありません。こちらは壺群の下に沈没船の木片が残っているかもしれません。

 

石垣島 水中考古学
私が作成したした四爪鉄錨の3Dモデルの一つ。

 

この水中調査は東海大学の現地課外授業を兼ねており、東海大学の海洋文明学部の学生が何人も参加していました。また現地調査には沖縄県や大阪府の(水中)考古学者も参加しており、現地で様々な水中考古学に関連する教育活動や普及活動を意欲的に進めていました。このプロジェクトから日本の水中考古学の明るい未来を垣間見ることが出来ました。

海外に出て一から英語を学び大学院に入る苦労をしなければいけなかった私からみて、日本で一流の研究者(東海大学の先生方や他の先輩考古学者たち)の方々から指導してもらい高い水準で教育をうけていた若い学生たちをとてもうらやましく感じました。

 

 

次の発掘プロジェクト

オペレーション・フォーレジャー (サイパン:2017年)

 

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