アナクサムプロジェクト (Anaxum Project)
場所:パラツォーロ (イタリア)
ステラ・ウノ沈没船発掘 (Stella 1 Wreck)
プロジェクトディレクター:フィリップ・カストロ博士(Dr. Filipe Castro, テキサス農工大学)・マッシモ・カプリ教授(Massimo Capulli, ウーディネ大学)

修士課程の2年目が終わり、2回目の発掘プロジェクトに参加することになりました。修士課程の2年目からは、沈没船の再構築 (Ship Reconstruction) と大航海時代のヨーロッパ船の歴史の権威であるカストロ教授の研究室に所属させてもらえることになりました。これがカストロ教授の研究室で行う私にとっての最初の発掘プロジェクトでした。
発掘の場所はイタリア北西部のパラツォーロをいう小さな町です。その町を流れるステラ川で発見された、2000年前(紀元前1年~25年の間)の古代ローマ時代の全長6m程の船の水中調査を行いました。
この発掘はイタリアのウーディネ大学のカプリ教授の「アナクサムプロジェクト」という、イタリア北西部でのローマ時代の衛星都市発掘調査の一環です。その発掘調査で発見された沈没船の調査研究をウーディネ大学とテキサス農工大学が共同で行いました。
この発掘のように、他の国で沈没船が見つかると、造船史の専門研究機関であるテキサス農工大学に共同研究の依頼がもたらされるのです。このことも私がテキサス農工大学を留学先に選んだ理由の一つでした。
プロジェクトチームはアメリカのテキサス農工大学と地元イタリアのウーディネ大学の主導のもと、イギリスのProMareという研究機関の出資で行われました。発掘は約1ヶ月半行われ、私たち発掘チームは町はずれにアパートを借り、そこから毎日水中発掘に赴きました。

ステラ・ウノ沈没船が沈む川は水深6m程で、町を囲む畑からの水が流れ込む汚い小川でした。透明度は良い日で70㎝ほど(平均30cmほど)で、川底に接触するまでは自分が川の中のどこにいるかもわからないほどでした。さらにこの川にはアルプスの雪解け水が流れ込んでおり、水温も極端に低く、潜った直後には全身に針に刺されたような痛みが走り、15分後には手の感覚がなくなる程でした。それでも指は動かせるので作業は続け、60分後に指が完全に動かなくなり作業が出来なくなると作業終了で浮上しました。これを一日2~3回行いました。
このプロジェクト以降、私は現在までに多くの発掘プロジェクトに参加しましたが、この発掘は今でも昨日のことのように覚えているぐらい過酷なものでした。
それでも、川のすぐ隣には小さなカフェがあり、待機中はサンドイッチとホットココアを満喫して暖を取り英気を養いました。

発掘期間中の食事は、週末以外は順番に自分たちで自炊しました。ウーディネ大学のイタリア人学生の中にレストランで長年アルバイトをしているものがいて、毎日、地元で採れた食材を使った料理を作ってくれました。その料理をチーズとワインと共にご馳走になりました。それまでワインを美味しいとは思ったことなかったのですが、毎日水のように飲んでいると、少しずつ味の違いが分かってきて美味しく感じるようになるものです。
ウーディネ大学の学生や地元の大学生達とも仲良くなり、週末は町を案内してもらったり、イタリアの文化について教えてもらったりと、水中考古学のもつ学問としての面白さとは別のいろいろな楽しみ方を学ぶことが出来た発掘でした。
ステラ・ウノ沈没船自体も歴史的に非常に重要な船でした。造船の技術として、船体の外板と外板を「縄で縫い合わせる」という方法を使っています。この製法はもともと古代地中海で紀元前6世紀頃から3世紀頃まで使われていたもので、紀元1年までには別の造船技術に取って代わられていたものでした。それがアドリア海北部の川で生き残っていたことはとても興味深いものです。
上のCGアニメーションは今回の発掘で集めたデータをもとに、私が船の製造工程を3Dモデルで復元したものです。

この沈没船の考古学的な重要さはさておき、初めて潜ってこの2000年前の船を見た時の感動は今でも忘れません。2000年前の遺跡なのにまるで昨日沈んだかのような保存状態で川底に静かに佇んでいました。水の冷たさと汚さ、そして食事の美味しさは今でもカストロ教授との間で語り草となっています。
次の発掘プロジェクト
イタパリカ海戦水中遺跡調査プロジェクト(ブラジル:2012年)