古代エジプトの造船技術

前章では古代エジプト文明の初期の船について見てきました。前章の終わりに紹介したクフ王の船の発見が端緒となり、さらに後の時代(新しい時代)の遺跡から、船に関する様々な考古学的資料が発見されるようになりました。これらにより、古代エジプトにおいて船がどの様な技術を用いれ造られていたのか、その詳細がわかるようになってきました。

この章では紀元前2400年頃から紀元前1450年頃までに焦点をあて、古代エジプトの造船技術を見ていきましょう。

 

ティの墓のレリーフ (Tomb of Ti) (紀元前2400年頃)

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紀元前2400年前ごろの有力者ティ(Ti)の墓のレリーフ画。(Bass, 1974)(Original photo by Jean Mazenod)
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ティ(Ti)の墓のレリーフ画に描かれた造船の様子。(Steffy, 1994) (Courtesy Institut Francaise d’Archeologir Orientale au Caire; from Wild, plate CXXIX)
水中考古学 エジプト 墓
ティ(Ti)の墓のレリーフ画に描かれた造船の様子。(Steffy, 1994) (Courtesy Institut Francaise d’Archeologir Orientale au Caire; from Wild, plate CCXXIX and CXXVIII)

エジプト第5王朝時代の有力者ティ(Ti または Ty )の墓には数多くの美しいレリーフ画が残されており、そこに造船の様子が細かに描写されています。

このレリーフ画には、①「木から木材を切り出す様子」、②「木材をのこぎりで板に分けている様子」、③「板の端のモーティス(ほぞ穴)を空けている様子」、④「板を船の外板として打ち込んでいる様子」そして⑤「外板の外部を手斧でスムーズになるように整えている様子」が描かれてます。

④「板を船の外板として打ち込んでいる様子」が描かれている部分には、板の間にテノン(ほぞ)が見えており、モーティス・アンド・テノン(ほぞ結合)が使われていたいたことがわかります。この結合方法はクフ王の船の一部にも使われており、この時代の主流の造船方法であったと考えられます。

水中考古学 エジプト
モーティス・アンド・テノン接合(日本語ではほぞ継ぎ)。穴をモーティス(ほぞ穴)、そこに入れる板をテノン(ほぞ)と呼びます。(Image: http://maritimehistorypodcast.com/ep-006-khufus-solar-ship-sailing-afterlife/)

 

 

サフラー王(Sahu-re)のピラミッドのレリーフ画 (紀元前2500年頃)

エジプト 水中考古学 海 船
サフラー王のピラミッドで発見されたレリーフ画。(Wachsmann, 2009) (Illustration from Borchardt, L., 1981. Das Grabdenkmal Des Konigs Sa3hu-re: Band II: Die Wandbilder)

ここでは少し大型の船について見ていきましょう。

サフラーは第5王朝2代目の古代エジプトのファラオで、紀元前2487年から紀元前2475年の12年間エジプトを統治しました。サフラー王のピラミッドで見つかったレリーフ画からは当時の船の様子を見てとることが出来ます。この船はおそらくナイル川だけではなく地中海などでも使われた船であったと私たち研究者は考えています。それはこのレリーフ画に描かれた船に2つの重要な特徴がみられるからです。2つの特徴とは「ホギング・トラス(Hogging Truss)」と「トラス・ガードル(Truss Girdle)」です。この2つは「ホギング」と「サギング」という、海で使用される船に起こる問題を防止するための機能です。

ホッギング サッギング
(Image: https://www.researchgate.net/figure/Hogging-and-sagging-of-ship-hull_fig2_228891097)

海で使われる船には波の力が作用します。この波の形状と船の自重によって引き起こされる問題がホギングとサギングです。これは木で造られた古代の船では致命的な問題であり、船のサイズを大きくするには、まずはこの問題を解決しなければなりませんでした。その解決策として古代人が考え出したのがホギング・トラスとトラス・ガードルです。

 

エジプト 水中考古学 海 船
サフラー王のピラミッドのレリーフ画に描かれた船の拡大図。(Wachsmann, 2009) (Illustration from Borchardt, L., 1981. Das Grabdenkmal Des Konigs Sa3hu-re: Band II: Die Wandbilder)
サフラー王 ホッギング トラス トラス ガードル 水中考古学
青がホギング・トラス。水色がケーブル・ガードル。緑がトラス・ガードル。(Wachsmann, 2009) (Illustration from Borchardt, L., 1981. Das Grabdenkmal Des Konigs Sa3hu-re: Band II: Die Wandbilder)

ホギング・トラスは船の中央部に通された縄(ケーブル)のことで、縄は何本もの支柱によって支えられています。縄の両端はケーブル・ガードル(Cable Girdle)と呼ばれる船首と船尾をそれぞれぐるっと回るように取り付けられた縄に結び付けられられています。ホギング・トラスの中央部には棒が通されていて、この棒をねじることにより縄が短くなり、両端のケーブル・ガードルを介して船の両端を上に引き上げ、ホギングによる船へのダメージを防ぎます。トラス・ガードルは船の船体をぐるりとジグザグ状に張り巡らされた縄のことで、このトラス・ガードルが船体を内側に締め付けることによって補強し、ホギングやサギングなどによって起こるねじれによるダメージを防ぐのです。

レリーフ画から見て取れるもう一つの特徴はマストがバイポッド(二脚)になっている点です。私たちの知る限り、古代エジプトの船にはキール(竜骨)やキールとフレーム(助骨)の上を通るキースソン(内竜骨)がありませんでした。これらはマストの重さを分散する役割も担っていたので、これらの部位が存在しないとマストの重さで底が抜けてしまう恐れがあります。その為この時代の船はマストの重さを分散するためにもその支柱を二つに分けたバイポッドマストを用いていたと考えられます。

水中考古学 エジプト
第5王朝期の壁画に描かれた船。背の高いバイポッドマストが見れます。(Casson, 1973)

上の図は別の同時代(第5王朝時代)の墓から発見された壁画です。ここには縦長の帆が見れます。これらエジプトで第6王朝時代以前に使われたバイポットマストは船の前方に備え付けられていたという特徴がありました。通常この位置にマストがあると、風を受けたときの力の支点が前方過ぎて操舵が難しくなるという難点があります。

しかしながら、ナイル川の流れは南から北方向に、そして風は常に北から南に吹いていました。そのため川を下る場合は流れに乗って、逆に川をさかのぼる場合にはセイリング(帆走)していたと考えられています。セイリング中は前方に直進すればよかったため、マストが前方のこの位置であっても特に問題がなかったと考えられます。

 

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テーベの第6王朝時代の墓の一つから発見された船の壁画。(Landstrom, 1970)

第6王朝時代以降は帆の形も縦長から横長に変化し、マストも二脚のバイポッドマストから私たちが普段見る一脚のマストにかわっていきました。その位置も船体の前方から中央部に近づき、帆の下部に棒(ブーム)が付けられて操舵も楽になったと考えられます。

 

メケトレのボートモデル(第11王朝時代:紀元前2000年頃)

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メケトレの長距離移動用ボートのモデル。(Bass, 1974)  (Original photo by Metropolitan Museum of Art)

紀元前2000年頃の第11王朝時代の有力者「メケトレ(Meketre)」の墓から、当時の生活の様子を表した様々な「モデル(模型)」が発見されています。その中に様々なボートモデルもありました。

これらのボートモデルは短距離移動用ボート、長距離移動用ボート、釣りや狩り用のスポーツボート、料理が出来るキッチンボート、葬儀用ボート、パピラスの筏(いかだ)など用途別のボートモデルがありました。これらのモデルから、ボートがナイル川と共に生きる古代エジプトの人々の生活に密接に関係していたことがわかります。

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メケトレの漁と狩り用レジャーボートのモデル。(Bass, 1974)  (Original photo by Metropolitan Museum of Art)
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メケトレの漁猟用パピラスいかだのモデル。(Bass, 1974) (Original Photo by Cairo Museum. Original photo by Egyptian Expedition)

 

 

ダッシャーボート (Dahshur Boats)(紀元前1850年頃)

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カイロのエジプト考古学博物館に展示されているダッシャーボートの一つ。(Creasman, 2007) (Photo by J. Levin)
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現存する4隻のダッシャーボート。(Creasman, 2007)

1894年にダッシャーにあるセンウセレト3世のピラミッドの隣から第12王朝時代の5つのボートが発見されました。現在、この5つのボートのうち2つがエジプトのカイロ博物館に、1つがアメリカのカーネギー自然史博物館、そしてもう一つがシカゴ自然史博物館で展示されています。

シカゴ自然史博物館のダッシャーボートは全長9.75m、最大幅2.44m、高さ1.22mで、アカシアの木で造られています。

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エジプト考古学博物館のダッシャーボートの構造図。 (Creasman, 2007)

エジプト原産の比較的背の低い木であるアカシアを使用しているためか、短く不揃いな板を積み重ねるように造られており、キール(竜骨)とフレーム(助骨)はありません。

この船に見られる最大の構造的な特徴はそのビーム(梁)にあります。この外板を貫くように設置されたビームを「スルー・ビーム(Through Beams)」と呼びます。スルー・ビームは紀元前2200年頃から古代エジプトの造船技術として出現しています。

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スルー・ビームの機能。(Landstrom, 1970)

スルー・ビームはお椀型の外板をした船体と共に使用することによって、その上に積んだ荷物の重さを効率よく内側に集約して船の接合を補強する役割を持っていました。スルー・ビームが描かれているレリーフ画の船では、船室ではなくデッキ上に荷物が積まれています。実際の古代エジプト船でもスルー・ビームを効果的に使用するために積み荷をデッキ上に載せていたと考えられています。

外板同士の接合は、モーティス・アンド・テノン接合(ほぞ継ぎ)とダブ・テール接合(あり継ぎ)という二つの方法を組み合わせて行っています。

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ダッシャーボートのモーティス・アンド・テノン接合 (Landstrom, 1970)
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ダッシャーボートのダブ・テール接合 (Creasman, 2007)
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考古学者によるダッシャーボートの復元図。 (Landstrom, 1970)

 

 

ハトシェプスト女王葬祭殿のレリーフ画 (紀元前1450年頃)

水中考古学 エジプト
ハトシェプスト女王葬祭殿 (Image from: en.wikipedia.org/wiki/Mortuary_Temple_of_Hatshepsut)

ハトシェプスト女王の葬祭殿の様々な美しいレリーフ画は、女王の生涯におけるの数々の功績を伝えています。レリーフ画には古代エジプトの貿易相手国であるプント国(プント国の正確な位置は不明ですが。エジプトの南東にあったとする学説が大勢であり、現在のソマリア、スーダンあたりだったとされています。)との交易についても描かれており、女王の貿易船の描写も含まれます。

ハトシェプスト女王の貿易船

エジプト 水中考古学 レリーフ画
ハトシェプスト女王の葬祭殿のレリーフ画に描かれたプント国遠征の様子。(Wachsmann, 2009) (Illustration courtesy Save-Soderbergh)

プント国との貿易のための遠征を描写したこのレリーフ画には、10隻の船と共に、様々な香辛料、希少な木材、香辛料が実る生きた木、象牙、黄金、霊長類、豹、外国人とその子供などが描かれています。

エジプト 水中考古学 船
ハトシェプスト女王のプント国遠征に使用した船の簡略図。(Steffy, 1994)

船にはホギング・トラスが描かれているのがわかります。またトラス・ガードルの代わりにスルー・ビームが描かれており、帆も横長になっています。この帆にはリフトが描かれており、ブームが上がるのではなく、ヤードが下りることによって帆をたたむ構造になっていることも分かります。

 

ハトシェプスト女王のオベリスク輸送船

エジプト 水中考古学 オベリスク
ハトシェプスト女王のオベリスク輸送船 (Image: http://www.insightdigital.org/team/index.php?title=File:Hatshepsut-relief-drawing-barge-detail.jpg)
オベリスク バージ エジプト 水中考古学
レリーフ画をもとにした考古学者による復元図。(Jenkins, 1980) (Original Illustration after Bjorn Landstrom, courtesy International Book Production, Stockholm)

ハトシェプスト女王の葬祭殿のレリーフ画の中には女王がオベリスクの輸送に使用した船が描かれていました。この輸送船は全長(高さ)57.3m、重さ320トンもの巨大なオベリスクを2体運んだとの記述があります。「バージ船」であり、30隻の船に牽引され移動したとあります。

上のレリーフ画からもこのバージ船が3層ものスルー・ビームによってオベリスクの重さを分散するように設計されており、操舵のために各側に2つずつ、計4つのラダー(舵)が備え付けられていたことが判ります。全長約70m、最大幅24m、喫水(水面下に沈んだ部分の縦幅)3mという大型のもので、専らナイル川で使用された船であったと考えられています。

 

 

まとめ

いかがでしたか。ナイル川と共に栄えた古代エジプト文明。人々の日々のくらしと信仰が密接にナイル川と関わっていたことが船の考古学を通して見えてきたとおもいます。船は古代エジプト人と母なるナイル川を繋ぐ架け橋でした。またそのほとりで暮らしていた人々は長い歴史を通して様々な知恵と工夫をこらして船を進化させてきました。このような古代エジプト人と船との繋がりに思いを巡らせながら歴史を楽しんでいただけたら幸いです。

次は舞台と時代を少しずらして、古代地中海の船の考古学を見ていきましょう。

<フェニキア(古代東地中海・近東)の船と「海の民」の侵略>

 

 

 

 

<参考文献>

BASS, G. F. (1974). A history of seafaring based on underwater archaeology. London, Book Club Associates.

CASSON, L. (1973). Ships and seamanship in the ancient world. Princeton, N.J., Princeton University Press

CREASMAN, P. P. (2007). The Cairo Dahshur boats. College Station, Texas A & M University Thesis

JENKINS, N. (1980). The boat beneath the pyramid: King Cheops’ royal ship. New York, Holt, Rinehart and Winston.

LANDSTRÖM, B. (1970). Ships of the Pharaohs: 4000 years of Egyptian Shipbuilding. London, Allen & Unwin.

WACHSMANN, S. (2009). Seagoing ships & seamanship in the Bronze Age Levant. College Station, Texas A & M University Press

STEFFY, J. R. (1994). Wooden ship building and the interpretation of shipwrecks. College Station, Texas A & M University Press.

 

 

 

 

 

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