古代船造船技術の転換点、マアガン・ミケル沈没船(紀元前400年頃)

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ハイファ大学の博物館 (Hecht Museum) に展示されているマアガン・ミケル沈没船。(Photo from Wikipedia: https://en.wikipedia.org/wiki/ File:Hecht_090710_Maagan_Michael_Boat_1.jpg)

前章では紀元前600年頃から紀元前450年頃までの古代ギリシャ、エトルリア、フェニキアの古代地中海で繁栄した海洋都市国家において、船の外板の接合方法に「縫合接合 (Laced construction) 」が使われたことを見てきました。

しかし、紀元前400年頃にこの「縫合接合 」は再び古代エジプトやウルブルン沈没船(初期のフェニキア船)に見られた「モーティス・アンド・テノン接合」に移行することになります。その造船技術の転換点となる「マアガン・ミケル沈没船」が現在のイスラエル、ハイファ近郊で発見されました。

ここでは、どの様して縫合接合 からモーティス・アンド・テノン接合への技術推移が行われたのか、マアガン・ミケル沈没船を例にとりながら、その他の造船技術の進歩と共に見ていきます。

 

マアガン・ミケル沈没船 (Ma’agan Mikhael Wreck)(紀元前400年頃)

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イスラエル北部の都市、ハイファから南方約90キロ地点の浜辺から70mの沖合でマアガン・ミケル沈没船が発掘されました。(Image: Google Maps)

マアガン・ミケル沈没船は1985年にイスラエルの都市「ハイファ」の南方で発見されました。浜辺から70mほどの沖合の砂地の海底で発見されたマアガン・ミケル沈没船は1988年~1989年にかけてハイファ大学の研究チームによって発掘されました。

余談ですが、現在の水中・海洋考古学において(外国人にとって留学しやすい)英語圏で最も大きな研究機関はアメリカのテキサス農工大学 (Texas A&M University) とイギリスのサウザンプトン大学です。しかし英語圏に限定することなく「船の考古学(船舶考古学・沈没船研究)」という学術分野でみれば、テキサス農工大学、イスラエルのハイファ大学、そしてフランスのエクス=マルセイユ大学が最も研究成果を挙げ論文を発表している研究機関です。

テキサス農工大学は1960年代から世界中であらゆる沈没船の研究を行っています。エクス=マルセイユ大学は1970年代から地中海西側の古代船の研究を、ハイファ大学は1980年代から地中海東側の古代船の研究を行っており、私自身も国際学会などでエクス=マルセイユ大学とハイファ大学出身の考古学者の沈没船研究を聞き、日々刺激を受けています。

近年、ハイファ大学やエクス=マルセイユ大学でも英語で受講できる授業も開設されており、世界中から船舶考古学者を目指す若い大学院生が集まり様々な沈没船研究を行っています。

話を「マアガン・ミケル沈没船」に戻します。

マアガン・ミケル沈没船は水深6~8m程の浅い場所で発見されました。その場所は砂地で、海底を掘っても次の日の朝には沈没船は再び完全に埋まってしまうような状況だったようです。そのため沈没船を砂袋で囲い込みながらの水中発掘が行われました。

2年に及ぶ水中発掘とその後の調査から、この船が現在のイスラエル北部の木材を使用して造られた船であるということがわかりました。船体とともに古代ギリシャ文明圏であったキプロス島産の積荷も発掘されたことから、キプロス島からフェニキア文明圏であったこの地域に帰ってきたときに沈んだ紀元前400年頃のフェニキア文明圏の船であると考えられています。

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マアガン・ミケル沈没船の実測図(上面図と側面図)。(Kahanov and Pomey, 2004) (Original drawing by J. Rosloff, updated by T. Levi)

 

接合方法

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マアガン・ミケル沈没船のペグド・モーティス・アンド・テノン接合。(Kahanov and Pomey, 2004) (Photo by D. Syon)

外板同士の接合方法は「ペグド・モーティス・アンド・テノン接合」です。テノンは約12㎝間隔で付けられていました。各テノンはオーク材で、長さ13.5cm・幅3.9cm・厚さ0.7cmでした。外板はマツ (Red Pine) でつくられており、厚さが4㎝でした。オークはやわらかい木材で、マツは硬い木材です。このことから船大工が船体を柔軟に、接合部分を丈夫に造っていたことが推測されます。また、モーティス・アンド・テノン接合は古代船の造船技術の一つで、このマアガン・ミケル沈没船も外板同士の接合を造船工程の第一とする「シェル・ベースド・コンストラクション (Shell based construction) 」によって造られたの船でした。

船体は喫水(水面の高さ)まで保存状態の大変良い状態で残存しており、さらに幸運なことに沈没後に直ぐに砂に埋もれたため、他の多くの沈没船のように自重や積み荷の重さで平らにひしゃげているということもなく、ほとんどオリジナルの状態の形で残っていました。

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マアガン・ミケル沈没船の実測図(上面図)船首部分。(Kahanov and Pomey, 2004) (Original drawing by J. Rosloff, updated by T. Levi)
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マアガン・ミケル沈没船の実測図(上面図)船首部分。(Kahanov and Pomey, 2004) (Original drawing by J. Rosloff, updated by T. Levi)

 

マアガン・ミケル沈没船が船の進化の歴史を紐解くうえでとても重要な発見だったのは、この船がモーティス・アンド・テノン接合と併せて、船体の一部で縫合接合 (Laced construction) が使用されていたことです。

造船において細心の注意を払うべき箇所の一つがキール(竜骨)と船首・船尾の接合部分です。船の両端は最も波の影響を受ける場所で、この箇所は特に頑丈に造らなければなりません。しかしその形状からキール(竜骨)と船首材・船尾材を一つの木材から切り出すことは難しく、2つの木材を繋ぎ合わせる必要があります。また船の外板もキール(竜骨)と並行ではないために、外板を船首や船尾に留めるのにも難しい位置となっています。

これらを解決するための発明が「ニー (Knee: ひじ材) 」と呼ばれる、元から曲がった形をした補強のための木材です。マアガン・ミケル沈没船で注目すべきはこのニー(ひじ材)を設置するために縫合接合が用いられているところです。すなわち、船体の外板部分はモーティス・アンド・テノン接合が、また、船体の両端で船を補強するための部位には縫合接合 (Laced construction) が使用されていたのです。

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マアガン・ミケル沈没船の船首部分と船尾部分の縫合接合の復元簡略図。(Kahanov and Pomey, 2004) (Drawing by C. Brandon)
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発掘中のマアガン・ミケル沈没船の「ニー」の写真。縫合接合に使われた繊維が穴の中に保存されているのが見えます。(Kahanov and Pomey, 2004) (Photo by D. Syon)
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ニーが接合されていた外板の内側部分。三角形のテトラヒドラ・ホールがみれます。(Kahanov and Pomey, 2004) (Photo by Y. Kahanov)

前章で見たボン・ポーテ沈没船をはじめとして、この縫合接合で紐を通すために斜めにあけられた穴は開口部が三角形をしています。三角形は穴を斜めに掘るための工夫で、この縫合接合に見られる三角形の穴を研究者は「テトラヒドラ・ホール (Tetrahedra holes) 」と呼んでいます。古代地中海で紀元前400年頃以前に使用されていた縫合接合を示す「テトラヒドラ・ホール」とその後に再び使用され始めた「モーティス・アンド・テノン接合」が同一の沈没船から発見されたことは研究者にとって極めて貴重なことだったのです。

 

フレーム(助骨)

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マアガン・ミケル沈没船の実測図。14本のフレームが75cm間隔で見つかりました。(Kahanov, 1998) (Drawing by J. Rosloff)
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マアガン・ミケル沈没船の中央部分の断面図。フレームの形状がみれます。フレームはフロア・ティンバー(下部)とフトック(上部)の木材が組み合われてできています。(Kahanov and Pomey, 2004) (Original drawing by J. Rosloff, updated by T. Levi)
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マアガン・ミケル沈没船の中央部分のフロア・ティンバーの実測図。一番下の実測図ではダブル・クランチド・ネイルも位置も描かれています。(Kahanov and Pomey, 2004)  (Drawing by N. Goltsev)

フレーム(助骨)は大きな間隔を取って設置されていました。(約13mの船体から、14のフレームが約75cm間隔で発掘されました。)そしてフレームはボン・ポーテ沈没船では紐で外板に結び付けられていましたが、マアガン・ミケル沈没船では「銅釘」によって外板に固定されていました。

フレームを構成する木材は最底部の(キールをまたぐ)ものをフロア・ティンバー (Floor timber)、フロア・ティンバー(フレーム)の長さを延長するために取り付けられた(上部の)木材をフトック (Futtock) と呼びます。

マアガン・ミケル沈没船から発見されたフレームはフロア・ティンバーとフトックが船体に設置される前に既に組み立てられていたことがわかっています。これはとても重要なことで、ここから船体の形が(フレーム)を設置する前にある程度決まっていたということが推測されます。すなわち船の形があらかじめデザインされていたことが推測されるのです。またフレームの下部には溝が彫られていることがわかります。これはボン・ポーテ沈没船で見たような接合部分の盛りあがりを避けるためのものではなく、船内に侵入した水をくみ取りやすいように一点に集めるために水の通り道をつくるためで「リンバー・ホール (Limber hole) 」と呼ばれるものです。

フレームを外板に留めるための銅釘は船体の外側から打ち込まれ、内側に飛び出した部分を二度曲げて内部に固定する「ダブル・クランチド・ネイル (Double-clenched nails) 」と呼ばれる方式が使われていました。ダブル・クランチド・ネイルは西暦400年頃の帝政ローマ時代が終わる頃まで使用されていました。銅釘が船で最初に使用されたことが判っているのはフランスで発見されたプレース・ジュレスバーネ第7号船(紀元前525年頃)で、「鉄釘」の使用は紀元元年頃まで確認されていません。

より正確な炭素年代測定法や年輪年代測定が行われるまでは、このように、それ以前に確認された造船史の知見を用いて、水中考古学者は発掘をしながら沈没船の年代や造船産地を推定するのです。

マアガン・ミケル沈没船フレームの形でもう一つの興味深い点が、フレームは紐ではなく銅釘を使用して外板に繋がれているにもかかわらず、ボン・ポーテ沈没船のフレームのように上部が丸みを帯びて広く、下部の外板との接地面が細くなっているところです。このことは以前に船全体が縫合接合により造られていた頃の名残ではないかと私たち研究者は考えています。

 

マストステップ

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マアガン・ミケル沈没船の実測図(上面図)マストステップ。(Kahanov and Pomey, 2004) (Original drawing by J. Rosloff, updated by T. Levi)
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マアガン・ミケル沈没船の実測図(側面図)マストステップ。(Kahanov and Pomey, 2004) (Original drawing by J. Rosloff, updated by T. Levi)

マアガン・ミケル沈没船からは保存状態の良いマストステップも見つかっています。ボン・ポーテ沈没船のマストステップがフレームを2つ跨いでいたいのに対し、マアガン・ミケル沈没船では4つのフレームを跨いでおり、徐々に長くなってきていることがわかります。マストの底部を挿入する穴の周りにもいくつも溝が掘られており、前部と左右にマスト・パートナーがあったことが判ります。

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マアガン・ミケル沈没船の実測図。マストステップの前方(左側)と後方(右側)にストリンガーといわれる木材が発見されました。この部位は後の時代の船ではマストステップと繋がりフレームに直接留められ、キールソンへと進化していきます。(Kahanov, 1998) (Drawing by J. Rosloff)

マストステップの前と後で、キールとフレーム中央部の上にあたる箇所に長い木材があることが判ります。この部材はフレームに直接固定はされていないので、後の時代に出てくるキールソン(内竜骨)とは別のものです。またマストステップとは別の独立した木材なので、ここではマストステップと区別して「ストリンガー」とよびます。ストリンガーは船体内部でフレームの上に設置され船体を縦に補強する役割を担います。(通常、後の時代の船ではマストステップやキールソンが船体中央にあるため、ストリンガーは中央ではなく船体の左右にずらした場所で船体を縦断するように設置されます。)

マアガン・ミケル沈没船のストリンガーには支柱を挿入するためと思われる溝が船全体にいきわたるように掘られており、常時甲板全体をデッキが覆っていた船だったかもしれないと考えられています。

 

 

ワイングラス・シェープ・ハル

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マアガン・ミケル沈没船の中央部分の断面図。船体中央部の形状がワイングラスのようになっているのがわかります。(Kahanov and Pomey, 2004) (Original drawing by J. Rosloff, updated by T. Levi)

マアガン・ミケル沈没船において、それ以前の沈没船と船体の形を比較した場合の最大の変化を船体の中央部を輪切りにした断面に見ることが出来ます。マアガン・ミケル沈没船の中央部のセクション図(断面図)をみるとキール部分が下に飛び出しており、ワイングラスのような流線形を作り出していることがわかります。船の中央部のセクション図でもガーボード(竜骨翼板:キールと並行に隣り合う一番目の外板列)が斜めにキールに接続されているのがわかります。

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ボン・ポーテ沈没船(紀元前525年頃)の船体中央部のセクション図(断面図)。フレーム(船体)の形状がお椀型であることがわかります。(Pomey, 1981) (Original illustration from Joncheray, J. P., 1976, L’epave grecque, ou etrusque, de Bon-Porte, Cabiers d’archeologie subaquatique, V. p. 5-36)

ボン・ポーテ沈没船やウルブルン沈没船、また古代エジプトの埋葬船において船体中央部のセクション図をみると、断面が丸いお椀型になっており、キールも小さいことがわかります。

船体中央部の断面図がワイングラス型の船体を「ワイングラス・シェープ・ハル」と私たちは呼んでいます。ワイングラス・シェープ・ハルの機能として重要なのが、水面下で縦断する垂直面の面積を増やすことにあります。帆走船にとって風が後方から都合よく吹くことは稀であり、ほとんどの場合は帆の向きを調節して、舵を使い船を操縦します。帆走時に水面下の縦向き垂直の面積を増やすことによって、船の横滑りを防ぎ、操舵の効率を格段に上げることが出来るのです。つまりキールを下向きに伸ばすようなワイングラス・シェープ・ハルにすることによって格段に帆船の操舵の性能を上げることが可能になったと考えられます。

このワイングラス・シェープ・ハルこそ、このマアガン・ミケル沈没船がそれ以前の船に比べて格段に優れた性能を有する帆船であったことの証左であると考えられています。ワイングラス・シェープ・ハルの発明も船の進化の重要な一歩でした。

 

 

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マアガン・ミケル沈没船の実測図。船首(左側)の右舷から錨が発掘されました。(Kahanov, 1998) (Drawing by J. Rosloff)
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ハイファ大学の博物館 (Hecht Museum) で展示されているマアガン・ミケル沈没船。(Photo from Wikipedia: https://en.wikipedia.org/wiki/ File:Hecht_090710_Maagan_Michael_Boat_1.jpg)

マアガン・ミケル沈没船からほぼ完全な保存状態の錨も発見されました。この錨は腕が一本(片側)でストック部分には重りとなるように鉛が入れられてきました。このタイプの錨は「ワンアームド・ウドゥン・フック・アンカー (One-armed wooden hook anchor) 」と呼ばれています。錨の歴史と進化については別の章で詳しく見ていきます。

 

 

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ハイファ大学によるマアガン・ミケル沈没船の実物大の復元船。(Photo from Wikipedia: https://en.wikipedia.org/ wiki/Ma%27agan_Michael_Ship)

 

 

まとめ

遅くても紀元前600年頃から古代ギリシャ、フェニキア、エトルリアの古代地中海世界で海洋貿易によって栄えていた文明が使用していた縫合接合の造船技術は、紀元前450年頃から徐々にペグド・モーティス・アンド・テノン接合に移行していったと考えられていました。そして紀元前400年頃の沈没船とされるマアガン・ミケル沈没船が、それまで謎であった造船技術の推移を明らかにしてくれました。

次は現在でも古代船研究の最高峰とされている、紀元前290年頃のキレニア沈没船について見ていきましょう。

<古代船研究の最高峰、キレニア沈没船 (紀元前290年頃)>

 

 

 

<参考文献>

KAHANOV, Y., (1998). The Ma’agan Mikhael ship (Israël). Archaeonautica. PERSEE. http://www.persee.fr/web/
revues/home/prescript/article/nauti_0154-1854_1998_act_14_1_1198.

KAHANOV, Y., & POMEY, P. (2004). The Greek sewn shipbuilding tradition and the Ma’agan Mikhael ship: a comparison with mediterranean parallels from the sixth to the fourth centuries BC. Mariner’s Mirror. 90.

POMEY, P. P. (1981). L’ÉPAVE DE BON-PORTÉ ET LES BATEAUX COUSUS DE MÉDITERRANÉE. The Mariner’s Mirror. 67, 225-243.

 

 

 

 

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