水中考古学の夜明け、ケープ・ゲラドニア沈没船 (紀元前1200年頃)

水中考古学 ケープ・ゲラドニア沈没船
ケープ・ゲラドニア沈没船の水中発掘調査の様子。(Bass, 2005) (Photo by Donald A. Frey)

古代地中海の沈没船の水中遺跡調査の実際を見ていきます。最初は1960年に始まった、水中考古学における最初のプロジェクトであるケープ・ゲラドニア沈没船です。

 

ケープ・ゲラドニア沈没船(紀元前1200年頃)

水中考古学 ウルブルン沈没船
古代東地中海の地図。ケープ・ゲラドニアは中央部、現在のトルコの南海岸にあります。(Bass, 2005) (Illustration courtesy ML Design © Thamas & Hudson Ltd, London)

沈没船遺跡の時系列ではケープ・ゲラドニア沈没船が紀元前1200年頃、次に見るウル・ブルン沈没船が紀元前1300年頃と、後者が約100年程時代が古いのですが、前者は水中考古学の夜明けとなった始まりのプロジェクトです。よって、このケープ・ゲラドニア沈没船を最初に見ていきます。

水中考古学 ケープ・ゲラドニア沈没船
ケープ・ゲラドニア沈没船のキャンプの様子。オックス・ハイド・インゴットに付着したコンクリーション(電食によって生成されたコンクリート)を取り除いている、ジョージ・バス博士の新婦、アン・バス。この水中発掘調査がバス夫妻の新婚旅行でもあったのは有名な話です。(Bass, 2005) (Photo by Peter Throckmorton)
水中考古学 ケープ・ゲラドニア沈没船
ケープ・ゲラドニア沈没船キャンプの様子。発見された遺物について話しているジョージ・バス博士(中央)と同じく伝説の水中考古学者の一人、ピーター・スロックモートン博士。ケープ・ゲラドニア沈没船水中調査の偉業はその学術研究だけでなく、この沈没船水中調査に参加した考古学者達がその後世界各地に散らばり、水中考古学を次の世代に伝えたところにもあるのです。(Bass, 2005) (Photo by Peter Throckmorton)

1960年にアメリカのペンシルバニア大学のジョージ・バス博士の率いる考古学チームがトルコの南海岸にあるケープ・ゲラドニアで沈没船の発掘を開始しました。

実はそれ以前にも沈没船の調査は世界中で行われていました。地中海ではスポンジ漁師がいくつかの遺物を興味本位の引き上げを行ない、そのうちいくつかの沈没船遺跡で、考古学者が船の上から指示してプロのダイバーなどを使っての遺物の引き上げを中心とした調査が行われてきました。

しかしトレーニングを受けた考古学者が実際に潜って発掘を行い、陸上の発掘と同じ水準の研究を行ったのはこのジョージ・バス博士のケープ・ゲラドニアでの沈没船発掘が初めてでした。彼と彼の発掘チームのおかげで沈没船の発掘研究が「学問」として考古学会に受け入れられたのです。

ケープ・ゲラドニア沈没船発掘後に船舶考古学は学問として世界中に広まっていきました。そのためケープ・ゲラドニア沈没船は船舶考古学や海洋考古学にとって特別な意味をもつものなのです。(アメリカ国内でも大統領勲章などを受章しているジョージ・バス博士。アメリカでも有名な学者なのですが、実はヨーロッパをはじめアメリカ以外の国の水中考古学者の間ではもっと有名で、神のように崇められています。)

 

水中発掘

水中考古学 ケープ・ゲラドニア沈没船
ケープ・ゲラドニア沈没船の水中発掘の様子の図。沈没船は水深約26mの地点で発見されました。(Throckmorton, 1987)
水中考古学 ケープ・ゲラドニア沈没船
ケープ・ゲラドニア沈没船遺跡の実測図。水中でこのような実測図がつくられたのはこの沈没船遺跡がはじめてでした。(Bass, 1974) (Original drawing by C. K. Williams)

ケープ・ゲラドニア沈没船は水深約26mに沈んでいます。1960年の水中発掘ではダイバーに空気がポンプによって船上からホースで直接送られていました。海底の発掘作業にはエア・ドレッジといわれる空気の浮力を使い吸引力を得る水中の掃除機のような道具が使用されました。海底から発見された遺物(沈没船の積荷)は長い年月を経て電食(ガルバニック腐食)によってできたコンクリートに覆われていました。それをハンマーやノミで取り外し、リフティング・バルーン(気球のような形状をした水中の風船。空気の浮力で重いものを水面まで運ぶ。)を使用しての引き上げを行いました。

 

積荷

水中考古学 ケープ・ゲラドニア沈没船
オックス・ハイド・インゴット(鋳塊)。(Throckmorton, 1987)
水中考古学 ケープ・ゲラドニア沈没船
古代エジプトの貴族の墓(Tomb of the nobleman Huy)で発見された壁画(紀元前1300年頃)。サイロ・カナン地方から来た商人との交易の様子が描かれています。(Bass, 2005) (Original image courtesy Nina de Garis Davis & Alan H. Gardiner, Egypt Exploration Society)
水中考古学 ケープ・ゲラドニア沈没船
上の壁画の拡大図。サイロ・カナン地方の商人(フェニキア人)がオックス・ハイド・インゴットを運んでいます。(Bass, 2005) (Original image courtesy Nina de Garis Davis & Alan H. Gardiner, Egypt Exploration Society)

最も多く見つかった積荷はオックス・ハイド・インゴット (Ox-hide ingot) です。オックス・ハイドとは日本語訳で「牛革」です。オックス・ハイド・インゴットは金属の鋳塊なのですが、鋳塊の片側が金属が冷えて固まる時に気泡が溜まりゴツゴツしており、また運びやすいように四隅が飛び出た形状になっていて、外見が乾いた牛革に似てるため、この形状をした鋳塊をこのように呼んでいます。ケープ・ゲラドニア沈没船で見つかったオックス・ハイド・インゴットは銅製で、長さが約60㎝、重さが約20.6㎏あり、全部で34個ありました。このオックス・ハイド・インゴットは古代エジプトの壁画などによく描かれています。

 

水中考古学 ケープ・ゲラドニア沈没船
青銅のリサイクル用に積まれていたと思われる欠けた青銅の斧。(Throckmorton, 1987) (Photo by Donald A. Frey)

その他に発見されたカゴの中から壊れた(沈没時にすでに壊れていた)青銅の武器などが幾つも見つかりました。これらの壊れた青銅の道具は、溶かして新たな道具を製造するためにカゴの中にまとめて入れられていたと考えられます。これら沈没船が運んでいた青銅器の道具やオックス・ハイド・インゴットの総重量は1トンを越えていました。

水中考古学 ケープ・ゲラドニア沈没船
鋳造道具の石槌。直径6㎝~8㎝。(Bass, 2005) (Photo by Donald A. Frey)

また積荷からは釘を鋳造する型 (Bronze swage block) 、鋳造用の石ハンマー (Stone hummer heads) や金属用の砥石なども見つかっており、これらのことからこの船の乗組員は旅をしながら青銅の道具や武器を造り売る職人 (tinker) であったと考えられます。

 

 

船は何処から来たのか?

水中考古学において、船の積み荷(商品)から船の母港を探し当てるのは実は相当に難しいのです。帆船は季節風や卓越風を利用して港から港に移動しながら様々な積荷を運び商売をしていました。そのため、積み荷から当時の貿易の全体像は見えてくるのですが、沈没船の船体があまり残っていない場合、積荷からピンポイントに船の母港を言い当てるのは難しいのです。

そこで役に立つのが船員が使用していた道具や所有物です。船の積み荷(商品)は主に船の中央部から見つかり、船員の道具や所有物は主に彼らが居住していた船尾近くから発見されます。船尾近くから発見された船員の持ち物や道具と思われる遺物を見ていきましょう。

水中考古学 ケープ・ゲラドニア沈没船
天秤計り用の重り。重さの単位として使われていたのがサイロ・カナン地方(フェニキア文明)の単位だったことがこれら発見された重りからわかりました。(Bass, 2005) (Photo by Donald A. Frey)

沈没船からいくつもの天秤計り用の重り (Pan-balance weights) が見つかりました。これら天秤ばかりは取引する青銅や貴金属の重りを計り、取引額を決めるのに利用されました。ここで興味深い点はこの重りの重さの基準単位が古代のサイロ・カナン地方のものであったということです。

水中考古学 ケープ・ゲラドニア沈没船
サイロ・カナン地方(フェニキア文明圏)の一部であったキプロス島製のオイルランプ。(Bass, 2005) (Photo by Donald A. Frey)

また、船で夜に明かりとして使われたと思われる古代のキプロス島製のオイルランプも見つかっています。キプロス島はサイロ・カナン地方(フェニキア文明圏)の一部であったと考えられています。

水中考古学 ケープ・ゲラドニア沈没船
サイロ・カナン地方(フェニキア文明)の商人が使用していた円柱形の石印。普段は紐を通し手首に付けます。おそらく船の船長の所有物だったと思われます。(Bass, 2005) (Photo by Donald A. Frey)

さらに、サイロ・カナン地方の商人が使用していたと考えられる円柱型の石印も見つかっております。

水中考古学 ケープ・ゲラドニア沈没船
船員の所有物だったと思われるスカラベの装飾品(またはお守り)。書かれていたヒエログリフ(古代エジプトの象形文字)がデタラメであったことから、このスカラベは古代エジプトのスカラベを模したものであったと考えられています。(Bass, 2005) (Photo by Donald A. Frey)

シリア産の象牙を使った装飾品のスカラベも5つみつかりました。スカラベは本来はエジプトの工芸品なのですが、スカラベに刻まれた古代エジプト文字のヒエログリフはデタラメでした。そこから考古学者はこれらのスカラベはエジプトのスカラベをまねてサイロ・カナン地方で製造されたものではないかと考えられています。

 

新たな歴史

1960年のケープ・ゲラドニア沈没船の水中発掘調査が行われるまで考古学者の間では、紀元前1600年頃から紀元前1050年頃(青銅器時代後期)の東地中海の海上貿易は、キクラデス文化やミノア文明の後に栄え、古代ギリシャ文明の先進であったミケーネ文明のミケーネ人が独占していたというのが通説でした。これは主に紀元前8世紀頃のホメルスの叙事詩「オデュッセイア」の時代以降にフェニキアの商人や海上貿易がよく登場するためで、それ以前は文明の規模から推察して、ケープ・ゲラドニア沈没船が沈んだとされる紀元前14世紀・15世紀は、ミケーネ人が東地中海の海上貿易の主役だと考えられていました。そのため水中発掘の当初はジョージ・バス博士や他の水中考古学たちもミケーネ文明の沈没船を発掘していると考えていました。

しかし天秤計り用の重り、スカラベの装飾品、円柱の石印などケープ・ゲラドニア沈没船で発見された遺物はフェニキア文明初期のサイロ・カナン地方を母港とした商船であったことを示しており、ケープ・ゲラドニア沈没船の発掘調査の結果、フェニキア文明初期の都市国家もミケーネ文明圏の海上貿易に参加していたことが新たに明らかになりました。

このようにケープ・ゲラドニア沈没船遺跡での調査から、いままで陸上の遺跡調査から解らなかった歴史が新たに明らかになりました。これにより考古学界で「沈没船研究」が注目されはじめたのです。まさにケープ・ゲラドニア沈没船の水中発掘調査が、学問としての水中考古学のはじまりだったのです。

水中考古学 ケープ・ゲラドニア沈没船
ケープ・ゲラドニア沈没船水中発掘調査キャンプで会議中のジョージ・バス博士(写真中央、向かって左から2人目)。(Image: http://maritimehistorypodcast.com/ep-016-old-money-the-uluburun-and-gelidonya-wrecks/)
水中考古学 ジョージ バス
現在 (2018年) の「水中考古学の父」ジョージ・バス博士と私。彼が創設したテキサス農工大学大学院の船舶考古学学科に私が在学中も教授職を引退していたバス博士はよく遊びに来ていました。私がバス博士の本に使用する図などの制作を手伝ってからは特別仲良くしてもらっていました。バス博士の友人であることは私の自慢です。

 

 

まとめ

水中「考古学」の始まりとされるケープ・ゲラドニア沈没船の水中発掘調査は今でも私たち水中考古学者の中では伝説となっています。約60年前に誕生した学問「水中考古学」、その面白さの片鱗を見ていただけたでしょうか?残念なことにケープ・ゲラドニア沈没船遺跡からは研究分析が出来るような船体は発見されませんでした。(ケープ・ゲラドニア沈没船から発見させたのは船体のごく一部で当時の造船技術などはそこからはわかりませんでした。)

しかしながら沈没船遺跡から発見された積み荷からだけでも歴史の通説を覆すような発見ができることがわかりました。

次は世界最古の沈没船とされるウルブルン沈没船(紀元前1300年頃)を見ていきましょう。

<世界最古の沈没船、ウルブルン沈没船>

 

 

 

<参考文献>

BASS, G. F. (1974). A History of Seafaring Based on Underwater Archaeology. London, Book Club Associates.

BASS, G. F. (2005). Beneath the Seven Seas: Adventures with the Institute of Nautical Archaeology. New York, Thames & Hudson.

THROCKMORTON, P. (1987). The Sea Remembers: From Homer’s Greece to the Rediscovery of the Titanic. London, Bounty Books.

 

 

 

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