水中考古学とトレジャーハンター

水中考古学に携わっていて一番多く受ける質問が、「海賊の財宝を見つけたことはありますか?」と「財宝を見つけてお金持ちになったら何をしますか?」です。

もちろん水中考古学では海賊の船を発掘調査することがあります。私自身も16世紀~18世紀ヨーロッパの帆船の水中調査プロジェクトをカリブ海や大西洋でいくつも経験してきました。それはもとより財宝を発掘してそれを売り払い利益を得るために行ったものではありません。

しかし、残念ながら多くの人々のあいだで未だに、

「水中考古学者」=「トレジャーハンター」

という誤った認識が存在しているようです。

水中考古学者は「学者」であって、その求めるところは「トレジャーハンター」とは対極にある職業です。

詳しく理解していただくために「トレジャーハンティング(トレジャーハンター)」について述べていきます。

トレジャーハンターとは?

トレジャーハンターとは利益目的のために遺跡の盗掘をする人たちの総称です。

彼らはよく沈没船をターゲットにします。

ここで問題となるのは、彼らの発掘の目的は金銭的価値のある遺物だけなので、ほとんどの場合、「記録作業」を行うことなしに貴重な史料である沈没船の船体を破壊し、利益になりそうなものだけを引き上げ、オークションなどで売って生計を立てていることです。

遺跡を破壊して貴重な史料を盗み、それらを売ってしまうので、これらの遺跡から知ることができたはずであった歴史の真実は永久に失われてしまうのです。これらの盗掘活動が陸上の遺跡などで行われば、トレジャーハンターは盗掘者として咎められるでしょう。しかしながら、これらの盗掘活動が沈没船で行われた場合、近年の映画やテレビ番組のせいもあるのでしょうか、世間的に彼らが責められることは少ないようです。

欧米においては、徐々にではありますが「トレジャーハンティング」=「遺跡破壊と盗掘活動」という概念が一般にも浸透してきています。それを察知して、ほとんどのトレジャーハンターは自分自身を「水中考古学者」と名乗るようになってきたのです。そのせいで「トレジャーハンティング」と「水中考古学」の区別が難しくなってきています。

このことが問題を一層複雑かつ深刻にしているようです。

次にトレジャーハンターと水中考古学者の活動がどのように違うかを説明していきます。

水中考古学者とは?

水中考古学者とは、水中遺跡で作業する技術を身に着けた「考古学者」です。

まず、私たち考古学者が学生時代に初めて参加した発掘技術を学ぶクラスで教わるのは「発掘は遺跡の破壊行為」であるということです。

考古学者がどんなに丁寧に発掘しようが、発掘を行うことによって、その場所に何百年・何千年眠っていた遺跡の保存環境を変えてしまうのです。つまり「考古学者が一度発掘を行なえば、いかに細心の注意を払って丁寧に発掘作業を行おうが、その遺跡が発掘前の状態に戻ることはない。」ということです。

この事実があるため、考古学者は発掘を丁寧に行うのと同時に、その発掘の段階を詳細に、そして精確に「記録する義務」があるのです。発掘前・発掘中・発掘後の遺跡の状態や出てきた遺物の詳細と発見場所の位置など、あらゆる情報を丁寧に記録することによって、その後の研究で、これらの情報を使い歴史を紐解いていくのです。また発掘の記録を詳細に残すことによって、発掘をした考古学者だけでなく、他の考古学者や次の世代の考古学者達も、その情報をもとに新たな研究を行なうことが出来るのです。

また、私たち考古学者は学生時代に授業の一環で実際の発掘プロジェクトに参加し、先輩の考古学者たちから正しい発掘の仕方とその為の技術を教わり、何年もかけて練習と経験を積み、そして一人前になっていくのです。

さらに考古学者は自分たちの研究だけでなく他の考古学者の研究や発掘プロジェクト、ならびに歴史的な文献を通じて、その遺跡から歴史の謎を紐解くにはどの様に発掘し研究すればよいかという方法論も学びます。

例えばエジプトの特定のピラミッドや寺院遺跡の構造を解析するには、その他の多くの同時代のピラミッドや寺院の構造と建築史の知識を持つ必要があります。そうでなければ発掘で正しい情報を収集して研究することはできません。

船の考古学も同じです。私自身も大学院で7年間(修士課程3年と博士課程4年)、1年のうち9ヶ月間は授業や研究室で寝る間も惜しんで造船史を勉強し、今までに行われてきた水中発掘の情報からどのような歴史の謎が紐解かれてきたかを学んできました。1年のうち残りの3ヶ月間は実際の沈没船の発掘に参加して、発掘と記録作業の技術を学んできました。

このように考古学者は長いトレーニング期間を経て、それぞれの分野の知識と技術を蓄え、研究者として一人前になっていくのです。

トレジャーハンターや自らを水中考古学者と呼ぶ盗掘者たちはこのようなトレーニングを行いません。仮に、彼らが盗掘中にある程度の記録作業を行なおうとしても、そこから歴史の謎を紐解くのは限りなく難しいのです。

実際には彼らは利益が最優先の目的なので、時間のかかる正しい発掘や記録作業は行ないません。水中発掘は時間をかければかけるほど、ボート代やダイビング機材に膨大な資金が必要となります。そこでトレジャーハンターたちは、安直にダイナマイトなどで遺跡を破壊し、金銭的価値のあるものだけを奪い、その場を荒らしたまま去ってしまいます。

私は自らや仲間が訓練を受けていることを理由に考古学者を過剰に評価・称賛したり、特別扱いするつもりはありません。しかしながら貴重な遺跡から人類と文明の謎を紐解くには、一定の訓練が必要であるとは考えています。

そしてなにより、トレジャーハンターと水中考古学者の一番大きな違いは、活動の目的・動機が利益目的かそうでないかということです。

トレジャーハンターは遺跡から金銭的価値のある物品だけを持ち去り、正確な記録作業や保存処理をしないままオークションやブラックマーケットで売り捌いてしまいます。発掘された遺物が一度売却されてしまうと、その所在をつかむのが難しく、また個人の所有物になってしまうので、研究者たちがその遺物を研究する機会も失われてしまいます。

一方、私たち考古学者が利益目的で発掘された遺跡や遺物を売却することはありません。この行動は考古学の世界では最大のご法度とされていて、ひとたびこのような行為を行った場合、その学者は学会から永久追放されます。考古学者が発掘した遺跡や遺物は、まずは劣化が進まないように正しく保存処理がされます。そして考古学者による研究の後(または研究中)は博物館などで展示され一般公開されます。またその研究内容も学会や学術雑誌で発表され、その後に教科書や博物館の展示の説明文などを通して私たちの共通の財産となっていくのです。

このように、私たち考古学者は発掘によって利益を得ることはないのです。私たちの報酬は大学や各国の政府から支払わる研究費が振り分けられています。私たち考古学者は、歴史の謎を紐解くというパズルゲームに魅せられた人種であり、発掘されたが遺物が売ればいくらになるかということには興味がありません。

まとめ

考古学者たちは人類共通の財産である「遺跡」と「知識」をまもるために、現在も法律学者の助けを借りながら、世界中で、盗掘者であるトレジャーハンターたちと闘っています。

一方、日本国内においてもテレビ番組などで「沈没船からお宝がザックザク!時価100億円」などと、トレジャーハンターの活動を正当化するようなものがあらわれてきています。

例えば、これが日本で新たに「卑弥呼の墓」が見つかったと仮定します。その遺跡と墓をブルドーザーやダイナマイトで破壊して、金目の遺物を売りさばいた盗掘者(トレジャーハンター)の行為を正当化するようなテレビ番組があったら皆さんはどう思われますか?

その時代の歴史を専門的に研究している考古学者が丁寧に発掘をして、歴史の謎を解き、それを発掘された遺跡と遺物と共に博物館で展示してくれたら私たちは自らの歴史についてたくさんのことを学ぶことが出来ます。トレジャーハンターたちはこのような私たちの知る権利も彼らだけの目先の利益のために踏みにじっているのです。

幸運にも日本ではトレジャーハンターたちはそこまで活発に活動していません。

しかしながら、今後日本において重要な沈没船や水中遺跡が発見されたときに、そこから不当に利益を得ようとするトレジャーハンターたちから私たちの共通の歴史と遺産を守っていくには、考古学者だけでなく、皆さんの「トレジャーハンター(盗掘者)の盗掘活動についての正しい認識」が必要になります。

「トレジャーハンティング」は単なる「盗掘活動」で、そこにはロマンのかけらもありません。彼らは皆さんから歴史のロマンを奪っていくだけの存在なのです。

次はいよいよ「船の考古学」です。船の歴史について一緒に見ていきましょう。「水中考古学の父」と呼ばれるジョージ・バス博士は「人類は農耕民である以前に船乗りであった。」と語っています。

オーストラリア大陸やミクロネシヤの島々、世界中の様々な島から人類の痕跡が見つかっています。これら私たちの祖先の足跡は、人類が農作を始める時代のはるか以前の地層から見つかっており、彼らは丸木舟やいかだを使用して海を渡ったと考えられています。その後人類は文明を築き繁栄してきました。

歴史は常に「船」という海を越えるための知恵と技術の結晶と共にありました。その人類の知恵の技術の遺産である「船」の歴史をこれから一緒に見ていきたいと思います。まずは人類最古の文明の一つである古代エジプトの船からはじめましょう。

<古代エジプトの船>


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