遺跡データの活用

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前のページでは、全ての文化遺産に対し可能な限り「フォトグラアメトリ」や他のスキャン技術を使い、文化遺産の情報を次の世代に残す必要性とその意義を述べさせていただきました。

このページでは私が実際に行ってきた例を見ながら、フォトグラアメトリで作成した精巧3Dモデルを具体的にどのように活用するべきかを紹介します。上の図で見ていただけるように3Dデータの活用方法として私は主に3つの主流を推奨しています。その3つとは「学術研究」「教育普及」「遺跡保護」です。

学術研究

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最初に紹介したい遺跡の3Dモデルの活用方法は「学術研究」です。フォトグラアメトリによってつくられた3Dモデルはミリ単位の正確さを持つことができます。つまり水中遺跡(のデジタルコピー)がパソコン内にある状態なのです。この精密3Dモデルから様々な研究用データを作り出し、私たち考古学者の研究に活用できます。

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上の図で挙げている例は、

  • 遺跡の実測図(Site plan)
  • 断面図(Section Profiles)
  • 遺物の実測図(Artefact Drawing)
  • GIS用データ(GIS Application)
  • 3Dモデルからの実測(Measurable 3D models)
  • 超高画質モザイク写真(Super High-resolution Photomosaic)
  • 様々なデジタルデータ分析(Digital Analysis)
  • その他

です。

遺跡の実測図

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ここで紹介するのは遺跡の実測図、つまり遺跡の地図です。実測図は考古学研究の基本データであり、その為最も重要な遺跡の情報といえます。実測図に描かれた遺跡はその一つ一つが寸法を測ったうえで作成され、正確な縮尺も示されています。そのため、実測図から遺跡内部の距離や、遺物の発見場所、建物の大きさなどの情報を共有することができます。

この実測図という貴重なデータを3Dモデルから一瞬で作成することができるのもフォトグラメトリの利点です。それではいくつか用例を見てみましょう。

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こちらは2018年にクロアチアで発見された紀元前1世紀の古代ローマ時代の沈没船です。水深40m地点で見つかりました。

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こちらが私が3Dモデルから作成した実測図です。上の動画と画像で見ていただけるように、アンフォラ(古代の輸送用の壺)位置と数だけではなく、一つ一つの取っ手の形状までしっかりと見て取ることができます。

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次に紹介するのはマルタ共和国で発見された第二次大戦時のイギリス軍の戦闘機です。この遺跡も水深40m地点にあり、潜水作業は15分程度しか取れませんでした。この遺跡には一回しか潜っていないので、ここで紹介する実測図は合計15分で撮ったデータから作成したものです。

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僅かな作業時間ながらこの様にプロペラのエンジン機関の細かなところまでしっかりと捉えています。この実測図も縮尺をしっかりとしているため、ここから遺跡の寸法を測ることができます。

断面図

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次に紹介する用例は遺跡や遺物の「断面図」です。沈没船研究において遺跡の断面図は最も重要な学術データです。私たち船の研究を専門とする水中考古学者は遺跡内部で特に肋骨(フレーム)の曲線を記録します。フレームの曲線データを使い、古代の船の元の形を復元し、そこから当時の船の搭載能力や航海能力を導き出すことができるのです。しかしながらこの曲線データ、つまり断面図は手作業では非常に取りにくい情報であり、これまで水中考古学者達は苦戦を強いられてきました。

しかし、フォトグラメトリの3Dモデルを使用することにより、簡単に正確な断面データを取ることができるようになりました。

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上の動画で見ていただいているのはクロアチアで発見された16世紀ヴェネチア船の船尾船底部の断面図を取り出している様子です。この様に3Dモデルからはどの位置の断面図も自由に取り出すことが出来ます。この柔軟さもフォトグラメトリを学術研究に使用するうえでの魅力なのです。

デジタルデータ分析

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次に紹介するしたいのは3Dモデルを使った研究方法の一例です。フォトグラメトリによって作成された3Dモデルはデジタルデータです。その為、これらの3Dモデルは様々なデータや形状に変形させることが可能で、そこから様々な仮説の試験を行うことが出来ます。

次の動画は、私が大学院の同僚のために、彼の遺跡の動画から作成した3Dモデルを研究でどの様に活用できるかを紹介した動画です。動画の後半部では3Dモデルの形状を変形させ、沈没船の元々の形状を試験的に復元しています。

この様に、フォトグラメトリ3Dモデルを使用することにより、実際の沈没船遺跡に手を加えることなく様々な仮説を試すことが出来ます。従来の水中考古学では、まず研究のために引き上げられた遺物や船体は、数カ月から数年の保存処理の工程を経てはじめてこの様な仮説の検証のための研究に使用することが可能でした。しかしデジタル3Dモデルデータを使用することにより、遺跡の保存処理を待たずにも様々な学術研究が可能になったのです。

教育普及

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次に紹介する3Dモデルの活用例は「教育普及」です。フォトグラアメトリを使用して作成された遺跡の3Dモデルは精巧なうえに写真を基にしているのでかなりリアルな外見を持っています。これらフォトグラアメトリ3Dモデルはデジタルデータのため簡単に博物館での展示用、またはウェブページを使用したバーチャル・ミュージアムとしての活用ができます。フォトグラアメトリ3Dモデルは遺跡情報の保存目的や学術研究用だけではなく、歴史の「教育普及」にも役立てることができるのです。

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上の図で挙げているのは、

  • CGアニメーション
  • バーチャルミュージアム
  • 3Dプリント
  • 宣伝用ポスター
  • ホログラム(立体投影)
  • VR(バーシャルリアリティ)
  • 遺跡の実物大写真展示
  • 遺跡の実物大レプリカ
  • その他

です。

これは私がギリシャで作成した遺跡の3Dモデルを立体投影装置に書き出したものです。この様に3Dモデルのデジタルデータは使い方次第でとても魅力的な展示方法になります。

遺跡のバーチャルミュージアム

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上の画像は私がサイパンのプロジェクトで作成した3DモデルをSketchfabという3Dモデルの閲覧よウェブページにアップロードしたもの。下の画像はグアムでのプロジェクトで作成した3Dモデルです。

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このように3Dモデル閲覧ウェブページにアップロードされた3Dモデルは、遺跡のツアーガイドさんや地元のダイビングセンターなどに遺跡の3D地図として使用してもらうこともできます。

 

実物大レプリカ(及び水中考古学者訓練施設)

ここで紹介したいのが遺跡の実物大レプリカ作成についてです。

フォトグラアメトリ3Dモデルは単純なデジタルデータであるため3Dプリンターを使用し「模型」を作成することができます。しかしながら3D模型の作成には大きさに限界があり、さらに材料費などもかさみます。そこで私が提案しているのが「CNCルーター」という建築学や機械工学などで何十年も前から使われている機械製のドリルを使用した模型の作成です。この機械は3Dモデルのデジタルデータを入力すると、その通りに素材を彫りだしてくれるのです。この機械には様々な種類のものがあり、値段は3Dプリンターよりもずっと安価です。さらに彫りだす素材も安価な木材や発泡スチロールなどが選べます。

<元の使用動画:https://www.youtube.com/watch?v=IaufzuOSigs>

さらにフォトグラアメトリ3Dモデルにはテクスチャー情報も備わっているので、このテクスチャをプロジェクションマッピングなどを使い、彫りだされた模型に「色」を投影できます。(実際は3Dモデルを参考に、顔料で色付けするのが、展示の移動などを考えるともっとも実用的です。)

この様にフォトグラアメトリ3Dモデルのデジタルデータを使用すれば安価に実物大の遺跡の精巧なレプリカも作成可能なのです。

水中考古学の訓練施設としての使用

この実物大レプリカは博物館展示でだけでなく、更に教育目的での使用が可能です。

水中考古学の難点の一つに、「次の世代の水中考古学者の訓練の難しさ」があります。

水中発掘や水中記録作業を高い水準で学ぶには実際の水中遺跡で訓練するしかありません。しかし世界の大学の例を見ても、大学の教鞭をとっている水中考古学者たちはダイビングの経験の少ない生徒をあまり発掘現場に連れていきません。理由は簡単です。危険だからです。考古学の発掘や記録作業には集中力が必要です。もし生徒が記録作業に集中しすぎると「2つの危険性」が出てきます。ひとつ目は「事故による生徒の命の危険性」2つ目は「遺跡に対するダメージの危険性」です。

まずこのひとつ目の危険性はダイビング事故の危険性です。ダイビングは水中作業なので、もし生徒が発掘や記録作業に集中しすぎると、空気の残圧ゲージの確認などを怠ってしまう危険性があります。慣れていない作業を2つ、つまりダイビングと記録作業を同時に学ぶのは難しいのです。

2つ目の危険性は、ダイビング初心者の生徒が水中遺跡に与えかねない遺跡へのダメージの危険性です。沈没船遺跡で発見される木材は何百年、ときに数千年と水の中に使っているため豆腐のように柔らかくなっている場合が多いのです。つまり浮力調節の下手な生徒が下手に遺跡に触れてしまうと、船体の木材が壊れてしまいます。なので浮力調節を完璧にマスターするまではその生徒を水中遺跡に連れていけないのです。

このように二つの危険性から大学などは「生徒の安全確保」と「遺跡の保護」の両面を考慮して、経験の浅い生徒たちを水中遺跡に連れていけないのです。

しかしながらそれではなかなか次の世代の考古学者を育てられません。そこで私が提案しているのがこのCNCルーターとフォトグラアメトリ3Dモデルを使用した実物大レプリカをトレーニング施設として利用することです。

この遺跡の精巧な実物大レプリカを使用して、水中での遺跡の発掘や記録作業の仕方を博物館内などで学びます。つまり空気中で水中遺跡の記録作業の仕方や発掘の仕方を学ぶことが可能になります。もし何かの拍子にこのレプリカが壊れてしまってもまた簡単にレプリカを作り直すことができます。

この訓練施設を使用して、生徒が記録作業の手順をしっかりと体で覚させ、そのうえで水中遺跡でのさらなるトレーニングを続けることが出来るのです。

 

フォトグラメトリは単純なデジタルデータでもあります。つまり想像次第でありとあらゆる使用法が可能なのです。

 

遺跡保護

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遺跡の3Dデジタルデータの活用方法の最後に紹介したいのが、「遺跡保護」です。たとえどんなに正確な遺跡の3Dモデルを作成したからといって、実際の遺跡をないがしろにすることは許されません。幸運なことにフォトグラメトリによって作成された3Dモデルは遺跡の保護を目的としたモニタリングの道具としても力を発揮します。

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さらに遺跡のモニタリング用データの作成はフォトグラメトリや考古学の専門家でなくても行えます。つまりより多くの人がフォトグラアメトリの基本知識を持つことにより、遺跡保護の役割を分担し、より効果的に遺跡のモニタリングを行っていけるのです。例えば私が日本にいたとしても、アメリカで沈んでいる私の研究対象の沈没船のモニタリングは地元のダイビングセンターと協力しながら行うことができます。アメリカのダイビングセンターに画像や動画を取ってもらい、日本の私がそこから3Dモデルを作成してモニタリングを行い、その情報を共有することによって、私たち共通の遺産である遺跡を守っていくのです。

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上の二つの画像はクロアチアで発見された紀元前4世紀頃の古代ギリシャの沈没船です。画像内にある左側と右側の二つの3Dモデルは、私たち考古学チームの調査の前と後につくられたものです。この調査では分析を行うために4つのアンフォラを引き上げました。上の画像はアンフォラを引き上げる前と後に作成した3Dモデルを使用し、この遺跡の状態がどの様に変化しているのかを色で視覚化したものです。

もしこれが考古学ではなく盗掘者に荒らされていたとしたら、遺跡がどの様に荒らされていたかを正確には把握することができ、対策を立てることができます。

さらにこの技術は遺跡のどの部分にどの様な「劣化」や「風化」が起こっているのかを視覚化することが出来るので、今後の遺跡保護のための計画と処置を効率的に出来るようになりました。

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フォトグラメトリを使用した遺跡モニタリングの優れているのは、モニタリングの基礎となる3Dモデルさえ完成していれば、これから先のモニタリングだけではなく、「過去」にも遡って遺跡の変化を視覚化できるという点です。人気のダイビングサイトとなっている沈没船や観光地では、多くの観光客が遺跡の動画を取り、YouTubeなどの動画サイトなどにアップロードしています。これらの動画から経年測定(モニタリング)用の3Dモデルを作成し、過去と現在ではどの様に遺跡の様子が変わってしまったのかを比べることができます。

このようにフォトグラメトリは遺跡保護にも活用することが出来るのです。

まとめ

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このページで見てきたように、フォトグラアメトリによって作成された3Dモデルは遺跡情報を次の世代へ伝える為の保存用データだけとしてでなく、さらに「学術研究」「教育普及」「遺跡保護」のために活用することが出来ます。3Dモデルを効率的に活用することにより、私たちの「歴史の謎を紐解き」、その「知識をより多くの人々に伝え」、さらに「遺跡を守る」ことが同時に行えるようになるのです。また注目してもらいたいのが、これらは実物の遺跡ではなく、遺跡からとったデジタルデータを使って行います。そのため遺跡そのものに与えるダメージが極めて少ない「非破壊的」な活動ができるのです。フォトグラメトリは効率的な技術というだけではなく、「遺跡に優しい」道具でもあるのです。

4.未来へ、






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