今回はついに本場のテキサスBBQを紹介したいと思います。私のウェブサイト「Hi-Story of the Seven Sea」を見ていただいている方はご存知かもしれませんが、私は水中考古学(厳密には「船舶考古学」)を勉強するためにアメリカのテキサス州に10年間留学していました。私は幸運にもアメリカの食生活に苦労することなく過ごせていたのですが、やはり疲れた時に食べたくなるのが日本食で、「コメ至上主義者」といっていいほどに白米を敬愛しています。
やはり日本食が一番私にとって慣れ親しんだ食事なのですが、一般的にあまりおいしくないと考えられているアメリカ料理でも明らかに日本料理を凌駕する食べ物が3つあるのです。それが「ステーキ」「チキンウィング(手羽先)」そして「BBQ」です。
テキサスとBBQ
日本でも最近よく聞かれるようになったBBQ(バーベキュー)ですが、日本のBBQとはいわば日本人が作り出した偽物です。「鉄板で薄く切った肉や野菜を焼き、それに焼肉のタレを付けて食べる。それを河原などの野外で食べればBBQ」という定義は日本でしか通用しないものなのです。海外でいうBBQとは「大きな肉の塊を専門の機械で調理する。」といったものです。各国によって、「どの肉を使うか」「どの部位をどのようにカットするか」「どの様な専門の機械を使い、どのくらいかけての時間を調理するか」を丹念に考え抜き完成された肉料理がBBQなのです。シンプルであるがために奥が深い。つまり日本料理でいえば「寿司」に似たような難しさがあります。日本人の「外で肉を焼いて食べればBBQ」という考えは、日本料理を何も知らない外国人が「生魚と米を食べれば寿司」と考えているほどに愚かな行為なのです。
特にアメリカのテキサス州はBBQ発祥の地ともいわれる本場。アメリカの中でもBBQにかける情熱は半端ではありません。しかしながら、なかなか簡単ではないのがテキサスBBQ、基本的には美味しいのですが、「これはうまい!」と唸れるほどおいしいお店は一握りなのです。先にも述べた通り、シンプルだからこそ奥が深いとはよく言ったもので、テキサスBBQはそれを体現する料理。広大なアメリカには様々なスタイルのBBQが存在するのですが、その王様であるテキサスBBQのコンセプトは「Low & Slow」、つまり薪火をつかい低温でゆっくりと長時間かけて調理します。そのように調理することによって肉はとてつもなく柔らかくジューシーに仕上がるのです。このテキサスBBQには「スモーカー」と呼ばれる薪火を直接肉にあてずに煙で燻すように長時間調理できる専用の機械を使うのですが、これには長年の経験が必要で、しっかりと火加減と調理時間を見定めなけれは肉がすぐ渇いてしまうのです。特にテキサスBBQの王道部位である牛肩のバラ肉「ブリスケット」はそこまで脂身の多い部分ではないので、肉汁の溢れる美味しいブリスケットを出せるレストランはテキサスでもごく僅か。ようするにブリスケットがおいしい店がほんとうにBBQを出せる店なのです。そしてこのBBQ専門の職人を「ピットマスター(pit-master)」と呼び、日本における熟練寿司職人と同じほどの尊敬を得ています。

とはいってもBBQはアメリカを代表する国民食。アメリカでは一家に一台といっていいほどBBQ用のグリルがあります。これを行うのは伝統的に男性の役割。日本では「面白い男性がモテる」「仕事のできる男性がモテる」「カラオケの上手い男性がモテる」というような様々なモテ要素の項目がありますが、アメリカ(特にテキサス)で男性がモテるためには「BBQが上手くできる」という項目がモテ要素リストの最上部あるほどにBBQは重要で難しく、それであるからこそ「器用さ」と「男らしさ」を象徴する食べ物なのです。
Martin’s Place (マーティンズ・プレイス)
それでは本題に入りましょう。今回紹介するのは私が長年住んでいた町にある「マーティンズ・プレイス」。実は超穴場で知る人だけが知る名店です。私も10年間住んでいた町にあるのですが、最初の7年間はその存在を知れませんでした。何回も店の前の道を通ってはいたのですが、潰れた昔のガソリンスタンドか何かだと思っていました。しかしながら間違いなく私の住んでいたカレッジステーションという町で一番の名店なのです。町には何十件ものBBQレストランがあるのですがこの店が一番です。
こちらが店内。まったく客に媚びてません。日本でいう地元の高架線下の居酒屋といった感じです。このマーティンズ・プレイスは1925年からこの場所で営業しているという超老舗。町にまだ何もなかったころから約100年近く営業しています。
改めてこちらがマーティンズ・プレイスのBBQ。テキサスBBQのレストランの基本的なスタイルでは肉を1~3種類選び、さらにサイドを2種類ほど選択します。選べる肉は「ブリスケット(牛肩バラ)」「リブ(アバラ、カルビの部位)」「ソーセージ」「鶏もも肉」などなど、サイド(付け合わせ)に関しては店によって違いますが野菜やポテト系を中心に十何種類もあります。
今回私が頼んだのはブリスケット、リブ、ソーセージのプレートにサイドでオクラフライとポテトサラダを頼みました。味はもちろん極上。特にリブの脂身がとろけるようでした。ブリスケットも柔らかく、噛めば噛むほど味があふれてきます。この赤身の肉のおいしさがアメリカ牛肉の神髄です。ソーセージも弾力があり味が凝縮していて文句なしの美味。写真で見てもわかる通り煙で長時間燻すために外部が真っ黒になるのもテキサスBBQの特徴。牛肉からここまでのうまみを引き出すのはまさに科学の力といってもいいのではないでしょうか。
今回は大学院時代の私の担当教授の一人であるアメリカを代表する水中考古学者ケビン・クリスマン教授にお昼ご飯をご馳走になりました。このお店を考古学者のグループで最初に見つけたのが何を隠そうこのクリスマン教授。以来何十年と通い詰めているみたいです。地元の学生ですら知らない隠れた名店の「マーティンズ・プレイス」。もしテキサス農工大学(Texas A&M University)を訪れる機会があれば試してみてください。テキサスBBQの深淵が味わえます。