保存処理の重要性 (木材編)

デンマーク国立博物館の考古学関連の遺物の保存処理を行う研究所に行ってきました。

水中考古学の研究には、保存処理とその専門家の存在はなくてはならない重要なものです。いい機会なので今回はその理由を少しだけ説明したいと思います。

水没した木材の保存処理の必要性

沈没船遺跡からは木材などの有機物や鉄などの金属をはじめ、さまざま素材でできた遺物が発見されます。基本的にそれら全ての遺物に対して保存処理を行い、劣化を防ぎ、遺物に残された考古学的情報を保存する必要があります。

今回は木材に焦点をあて、なぜ沈没船遺跡に保存処理が必要かを説明したいと思います。

木材の水没と乾燥とは?

木材が沈むと水の分子が木の細胞内にしみわたります。木が濡れているうちは良いのですが、これが乾燥するときに水の表面張力の影響で木の細胞壁を破壊してしまい、乾燥後に縮んでしまうのです。

00 Control

18 air dry

上の写真が小さな木の板(10cm x 1.5cm x 1mm)下の写真が保存処理をしないで1週間水につけた木の板を自然乾燥させた物です。

一週間水に浸した木材を自然乾燥させただけでこのように縮んでしまいます。

これが沈没船から引き上げられた木材になると、その木材は何百年、または何千年と水に浸かっていることになり、細胞壁内の成分は完全に溶けて流れ出してしまっています。これが濡れているうちは水の分子が流れ出した細胞壁内にあった成分の代わりをしているのでいいのですが、乾燥と同時に木材は収縮して、細胞壁は完全に破壊されて原型を留めていられなります。

さらに海で発見される木材には海水がしみ込んでいるために、乾燥と同時に塩分は結晶化して膨張ます。結果として内部から木材を破壊し、その木材はボロボロになってしまいます。

木材を保存処理するためには

発掘された沈没船を研究し歴地の謎を紐解くには、木材が昔のままの形を留めていることが必須になります。ボロボロになったり縮んで歪んでしまった木材では、沈没船の元の形や、船がどの様に造られていたかなどを理解することはできません。そのために木材が乾燥した状態(水につかっていない状態)でも原型をとどめていられるように保存処理をしなくてはなりません。

木材の保存処理の原則的な手順は

1.真水に浸して脱塩処理をする(数カ月から数年)

2.ポリエチレングリコールや樹脂などを水溶液に浸し、細胞壁内の水とこれらの成分を流れ出してしまった細胞成分の代わりとする。(数年~数十年)

3.徐々に乾燥させる。(数カ月~数年)

これらの年数はあくまで目安であり、木材の種類と大きさによって変わってきます。最近ではこれらの「成分の代替方法」の他に「フリーズドライする方法」などが使われています。(フリーズドライとは凍らせた水分を真空内に入れ、沸点温度を下げ、水を個体(氷)から気体(水蒸気)に一気に変化する「昇華」を引き起こす方法。これにより水が液体から気体にかわるときの表面張力による木材の細胞壁の破壊をスキップすることができます。)

これら保存処理を行うには専門知識の他に豊かな経験が必要となります。そのため各国の考古学の研究機関には必ず保存処理の専門家が何人もいるのです。

私のいたテキサス農工大学でも保存処理の授業がいくつも用意されており、私も2つのクラスを受講しました。いくつもの化学物質を(英語で)暗記しなくてはならず大変だったのを覚えています。私は船の考古学と歴史学を専門することを選びましたが、保存処理の専門家を目指す生徒の多くが保存処理授業後も保存処理の研究所で働き、積極的に経験をつんでいました。

ここからは様々な木材の保存処理の方法の一部を紹介したいと思います。

(ちなみに以下の写真は私が大学院生時代に授業内の実習レポートのために撮影したものの一部です。)

ポリエチレングリコール(PEG: ペグ)

04 PEG 400 in water

90年代まで主流だったのがポリエチレングリコールの水溶液をつかって保存処理をする方法です。無害で比較的安価なポリエチレングリコールはその分子の大きさを選んで使うことが出来るため、初期の沈没船の保存処理では重宝されました。現在博物館に展示されてる沈没船の多くはポリエチレングリコールを使用して保存処理をされています。

シリコンオイル

12 Silicone Oil

水から徐々にアセトンやエタノールなど有機化合物の液体に浸しておいた木材にシリコンオイルを浸し、真空で強制的にシリコンオイルを木材の表面にしみ込ませ、触媒を使い瞬間的に固める方法です。一時期人気が出た保存処理法ですが、高価で手間がかかりすぎるため現在はあまり使われてません。しかしながら保存処理としてはとても有効な手法の一つです。

ロージン(樹脂、松やに)

10 Rosin in Ethanol

ペグの代わりに樹脂を使用する方法です。ペグに比べると高価で保存処理後はとても乾いたような色あいになります。ところどころで黒ずみが出てしまいやすく手間がかかります。

フリーズドライ

17 Flash freezing and Frreze dry with Freeze Dryer

フリーズドライによる保存方法。木の細胞内の水分を昇華させて水の表面張力による細胞壁の破壊を起こさずに乾燥させます。このフリーズドライヤーといわれる機械はとても高価なのですが、長期にわたるポリエチレングリコールなどの代替成分を使う方法よりも短期で済むため沈没船などの保存処理を定期的に行う研究所であれば結果的に材料費や人件費がうくので経済的な保存処理の方法になります。現在では短期間のポリエチレングリコール処理と組み合わせてフリーズドライする方法が木材の保存処理の主流になっています。

上で紹介した方法は保存処理の方法のほんの一部です。保存処理で重要なのは、それぞれの方法によって保存された木材の色合いや重さ、そして保存処理にかかるコスト、メインテナンスの方法や匂いなどが変わってくるということです。保存処理の専門家はこれらをしっかりと理解し、保存処理後の目的と可能な処理方法をしっかり考えたうえで保存処理を行わなければなりません。

今回は木材だけでしたが、私が大学院生時代に授業で学んだだけでも、様々な種類の金属(鉄、銅、スズ、銀や金)、革や陶器など、保存処理の分野は多岐におよびます。またこれらの他にも海底から引き上げられるほぼ全ての遺物に対し保存処理が必要になります。

保存処理とは水中考古学に必要不可欠な研究分野であり、沈没船の発掘研究を行う場合に保存処理の専門家は必ず必要です。その為、優秀な保存処理を専門とする水中考古学者は世界中を飛び回り様々な研究を手伝うようになります。

(ちなみに海外では考古学者と保存処理の専門家を区別するのが通例となっています。この場合、考古学者のArchaeologist (アルケオロジスト) に対し保存処理の専門家をConservator (コンサーベター) と呼びます。)

私は難しすぎて嫌いな分野でしたが、もし化学が好きで水中考古学がやりたい方にはお勧めの分野です。保存処理の専門家は必ず研究機関に必要であり、重要なので、卒業後に就職がしやすいのも保存処理を専門とする水中考古学者の長所です。

私は保存処理の専門家では全くないのですが、大学院時代に一通り実習付きのクラスを取り、保存処理について学びました。

今後時間があるときにこのウェブサイトにも保存処理専用のセクションを作り、その素材ごとに保存処理の方法を紹介できたらと考えています。楽しみにしていてください。

 

 

<発掘プロジェクト>

<船の考古学>

<おまけ>

 

 

 

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